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高橋正典さんのことを私(滝尾)とともに考えていただいている支援者に方から、下記のようなメールが滝尾宛てに届きました。問題点の基本にある高橋さんの問題は、ハンセン病患者であって、在宅して生活と治療をしていらっしゃった母親が、1996年まで廃止されなかった「らい予防法」の下で、なんら国や行政、さらには「療養所以外の病院」、また、社会全体から適当な生活と医療などの援助がなされず、一貫して差別と偏見のなかで生活せざるを得なかったことです。また、母親と生活と苦労を40年も共にしてきた家族である高橋さんが、国など行政などの援助もなく生活せざるを得なかったことです。
「療養所内のことしか改善の目を向けなかった大谷藤郎」の厚生省官僚たちの施策が、高橋さんの母親と家族である高橋さんにもろに厳しく覆いかぶさってきたのだと思います。1994年2月2日に死亡したが、「らい予防法」は母親死亡後の1996年に廃止される。その後、2001年5月11日の熊本地裁判決、同年5月23日の小泉首相の「控訴断念」の表明、6月15日の「補償法」の成立を経た。
その翌年、1月28日の「ハンセン病違憲国家賠償訴訟全国原告団協議会と国(厚生労働大臣)は、ハンセン病患者であった者が提訴時に死亡している場合の当該死亡者の相続人である原告及び入所歴のないハンセン病患者・元患者の原告が提起した訴訟に関し、次のとおり、司法上の解決(裁判上の和解)についての基本事項を合意した」として、「基本合意書」が出される。またもや高橋さんのような「入所歴のないハンセン病患者・元患者の家族・遺族」は「賠償や補償」対象から、切捨てられる。
高橋さんは、「田地を売っても、入所歴のないハンセン病患者・元患者を母親にこつ相続人として、賠償請求の裁判を行ないたい」という気持ちやご意見を、9月25〜27日に、私が北栄町の高橋さんの自宅に伺ったとき、おっしゃっていた。「現在は、休養して生活基盤ができてそのことは相談に乗るから。現在は、生活していく方途を考えるのが第一だ」という趣旨のことを私は、高橋さんに言っておいたが、この問題は、早晩、高橋さんから正式に提議されると思う。
『〜検証会議最終報告書』(2005年3月発行)は、「‥‥本事件(「鳥取事件」)は、2003年という最近になって生じた刑事事件であり、ハンセン病患者の家族として抱えてきた精神的苦悩が、母が亡くなり、らい予防法が廃止され、熊本判決が下された後にも癒されず、深い傷跡となって残っていたという点で衝撃的である」(848ページ)と書いている。ここでこの文を批判せざるを得ないことがある。
『〜検証会議最終報告書』は、「ハンセン病患者の家族として抱えてきた精神的苦悩」とだけ記述しているが、これはよく考えて欲しい。「ハンセン病問題に関する検証会議」(金平輝子座長)の委員らは、既に遅くとも私(滝尾)からの2003年12月の連絡で、この「刑事事件であり、ハンセン病患者の家族として抱えてきた精神的苦悩が、母が亡くなり、らい予防法が廃止され、熊本判決が下された後にも癒されず、深い傷跡となって残っていたという」高橋さんのことは、よく知っていた。しかし、控訴審中の「刑事事件」ということで、高橋さんの「鳥取事件」の事実関係や高橋さんへの聞き取りを怠っている。詳細は、後日、滝尾宛て届いた「ハンセン病問題に関する検証会議」(金平輝子座長)からの公文書など資料にした報告を『滝尾英二的こころ』に掲載したい。
「入所歴のないハンセン病患者・元患者の家族・遺族」は「賠償や補償」対象から、切捨たのは、まぎれもなく、2002年1月28日の「ハンセン病違憲国家賠償訴訟全国原告団協議会と国(厚生労働大臣)」ではなかったか。高橋さんは、まさにハンセン病政策の被害者でありながら、「賠償や補償」対象から除外されている。現在もなお同様であり、この「入所歴のないハンセン病患者・元患者の家族・遺族」は「賠償や補償」対象から除外されたままである。
『全療協ニュース』第912号(2006年9月1日発行)は、「平成18年度(2006年度=滝尾)ハンセン病問題対策協議会」は8月23日に都道府県会館で開かれている。この厚生労働副大臣、厚生労働省幹部と、全療協、全国弁連=統一交渉団交渉には、「全国弁連」からは徳田靖之、小林洋二、古賀克重、神谷誠人、鮎京真知子、野間啓、安原幸彦の各弁護士たちが出席している。
「全療協の目的」は、「ハンセン病療養所入所者に対する社会の一切の偏見をなくし、基本的人権を擁護する。入所者療養所権の確立と生活・文化の向上をはかる。退所者対策の充実をはかる」とあげているので、全療協は入所者、及び入所者が退所した人たちの権利を擁護する団体なのであるから、「入所していない人びと」や「その家族・遺族」のハンセン病政策による被害に基本的に関わらないことは、私も理解できる。
しかし、「統一交渉団」として、厚生労働副大臣、厚生労働省幹部として「平成18年度(2006年度=滝尾)ハンセン病問題対策協議会」を持つ以上、「全国弁連」からは徳田靖之、小林洋二、古賀克重、神谷誠人、鮎京真知子、野間啓、安原幸彦の各弁護士たちは、高橋さんのような「入所していない人びと」や「その家族・遺族」のハンセン病政策による被害の国による支援と救済の問題を協議の場に出して欲しかった。
また、『〜検証会議最終報告書』には、日本のハンセン病政策による被害者として、「日本の旧・植民地」や「日本占領地域」の人びとも深刻な被害を受けている、と記述されている。ところが、これらの「入所していない人びと」や「その家族・遺族」のハンセン病政策による被害の問題、改正ハンセン病補償法に基づく小鹿島更生園入所者の補償金支給決定者がない。そして、補償金申請者中、未決定者は370人にも及んでいる問題などは、「平成18年度(2006年度=滝尾)ハンセン病問題対策協議会」の議題にならないものだろうか。
「小鹿島更生園」の入所者の「改正補償法」による補償金支給者は、未だに「小鹿島更生園入所者の補償金申請者人数=437人中67人だけしか、改正ハンセン病補償法に基づく小鹿島更生園入所者の補償金支給決定者がない。そして、補償金申請者中、未決定者は370人にも及んでいる」。「全国弁連」の徳田靖之、鮎京真知子各弁護士らは、これらの諸問題は、「2006年度ハンセン病問題対策協議会」の議題にならないものだと考えているのだろうか。
私(滝尾)に宛てた一支援者から、つぎのようなメールが届いたので、紹介したい。
私は、北栄町役場と町教育委員会の職員たちが、高橋さんの話と意見を聞く会が、10月10日の午後、開かれるので一緒にこの「集会」に出席してもらいたいという北栄町役場と町教育委員会からの依頼連絡があったので、10月9日から13日まで、北栄町の高橋さんの宅に滞在し、高橋さんと今後の問題などを話し合おうと思う。
10月13日の午前中には、NTT西日本が高橋さん宅の電話&FAXの工事に来るという。それを見届けて、広島の自宅に帰ろうと思う。『滝尾英二的こころ』の訪問者のご支援をお願いいたします。
人権図書館・広島青丘文庫 主宰 滝尾英二より
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滝尾英二さま
‥‥‥高橋さんから預かられた資料の公開については、高橋さんご自身が「もっと広く知らせたい、訴えたい」というお気持ちをもたれることがまず、大切だと思います。
これまでは、高橋さんは孤軍奮闘でした。裁判といえどもやりとりは密室でおこなわれます。これを社会問題化することの意義と大変さを、同時に高橋さんにわかっていただけたらいいですね。
「大変さ」とは、孤立しても無視されても社会的差別と闘わないといけない「困難さ」です。また訴えることによって、それに応えた人たちにたいしては訴えた側の「責任」が生まれますね。
社会問題化する「意義」とはいうまでもなく、高橋さんと同じ境遇にあって、声もあげられない(あげられなかった)多くの非入所者本人、家族、遺族がいらしたことを明らかにすることと、非入所者本人、家族、遺族への社会的補償をあらたに勝ち取る運動づくりの第一歩となることでしょう。高橋さんご自身の仕事として、そういう運動をつくっていくことを自覚されたら、ずいぶんと、気分的にも解放されるのではないかと思います。
ただ、具体的にいっしょに動いてくださる方が近くにいらっしゃらないことが、しんどいところですね。滝尾さんも健康上無理はできないお体ですし鳥取までは遠いので、なにか方法を考えないといけませんね。
まずは、高橋さんの思いをホームページで公開できればいいですね。あくまでも高橋さんご自身の仕事として資料も公開するという形をとられたらどうでしょうか。
私も自由に動けませんので、何のお役にも立ちませんが、考えつづけたいと思います。
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