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非入所者・家族・遺族の問題といっても、うち家族の問題はそうとうややこしい。
宮古南静園で最初に裁判に参加した人は2人であった。一人は親里さんで、意見は明確で、本も書いておられる。皆さんも、それを読むと納得されると思う。あとの人の話は、勿論裁判で述べたのであるから明白であるが、それはそれは、もうモノスゴイ物語であった。
物語の首座は沖縄本島である。戦後の沖縄本島では、チャンスがあった。その人は自動車工場を建てて、成功した。妻を得て、もちろん子供も産まれたのである。ハンセン病がどの時に発病したのかは、知らない。妻の親戚の知るところとなり離婚した。闘病した。また、結婚した。子供が産まれた。また、離婚した。子供が産まれた。何度であったか、成功したり失敗したり、結婚したり離婚したり、その子供の数は忘れたが相当な数になる。最後は宮古南静園にきたが、その時でも、家族の話はまといつくのである。
裁判でそのことを述べるのもモノスゴイ話である。当然家族、親族、数が多い。どういうふうに結末になったか忘れたが、それは、やはり、家族の問題もあろう。
その家族も差別されたり、ということであれば、なかなか問題は解決しない。しかし、私はナントナク、こういう話は沖縄では可能ではないかと考えている。沖縄はそういうことが可能な土地なんである。もちろん誉めているのであるが......
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