投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG><OBJECT>タグが利用可能です。(詳細)
    
  ファイル1
  ファイル2
  ファイル3
アップロード可能な形式(各1MB以内):
画像(gif,png,jpg,bmp) 音楽(mmf,mld) 動画(amc,3gp,3g2)

 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ teacup.コミュニティ | 画像 ]

投稿募集! スレッド一覧

他のスレッドを探す  スレッド作成

[PR]   長崎の求人・転職  
teacup. ] [ 無料掲示板 ] [ プレミアム掲示板 ] [ みんなの掲示板 ] [ 無料ブログ ] [ チャット ]

全1141件の内、新着の記事から100件ずつ表示します。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  |  《前のページ |  次のページ》 

皆さんへ

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 5月18日(金)12時32分51秒
返信・引用
  心の中の喜怒哀楽を 遠慮なく 書き込んでください。
また
もし 書き込みに対する 返信を 必要としないなら
そのように書いていただきますと 返信は 書きません。

http:// 

 

「祈りの部屋」の御紹介

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 5月15日(火)20時31分16秒
返信・引用 編集済
  皆さん こんにちわ。。。。

「祈りの部屋」↓のご案内を致します。

http://8626.teacup.com/yohane/bbs

皆さんの 祈りの課題を 自由に 書き込んでくださいね。

http:// 

 

輝きさんへ (*^_^*)

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 5月11日(金)10時41分8秒
返信・引用
  輝きさん おはようございます。
いえいえ なんら差し支えはありません
たすくさんの情報 久しぶりに聞いたので
また 元気にしておられたようで 私は 嬉しく思っています。
たすくさんが ブログを閉められてから
ほんとに どうしていらっしゃるのかなと思っていました。
ただ
ある人から ツイッターに 書き込みされてあると言うことは聴いておりまして
いつもの たすくさん節が
そこで発揮されているのかなと 思いました。(*^_^*)ははは

それから
関東地方は
このところ 自然災害や 放射線のことで 大変なようですが
更には
電気ことも しきりに 話題になっていますが ほんとに
近年 世のあわただしい 大変化に 見舞われていて
なにか それに 不気味ささえも 感じている 私です。

http:// 

 

Re: 輝きさんへ

 投稿者:輝きの求道者  投稿日:2012年 5月11日(金)03時17分54秒
返信・引用
  > No.1438[元記事へ]

ヨハネの洋チャンさんへのお返事です。

> 輝きさん こんにちわ
> 主にあっての 兄弟姉妹である たすくさんの 結婚のことを
> お知らせくださいまして 感謝いたします。
> ただ
> 結婚されてある 「たすくさん」の 色々な事については
> 現在 夫婦になられてあるのですから
> 夫婦には 夫婦にしか わからないことが あるものです
> 他人が 憶測で 色々言うことは
> 極力 控えていかなければ ならないとおもいますよ。
>  素直に  たすくさんの ことを 祝ってあげましょう。
>  そして
>  たすくさんに>  *主の祝福が 豊にありますように 心から 祈ります*
洋チャンさんへ
コメント感謝します。下記のことは、たすくさん本人から直接聴いているのですが、この掲示板の趣旨に合わないようですので、下記の記事を削除して頂ければ、と思います(必要であれば、この記事自体も削除して頂いてかまいません)
 

神様と向き合うこと

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 5月10日(木)22時28分38秒
返信・引用
  にゃんこさん こんばんわ。。。。
神様は
神様御自身を 求める者には
必ず 最善を 用意してくださいます
そのことを 信ずると
神様の 御声なるものに対しての 恐れは 幾分なくなりますよ。
むしろ
神様への恐れは
大抵は 自分自身に あるケースが
自分の体験では 多かったようにも 思います。
良く使われる 御言葉に 神は愛です とありますよね
神様は
にゃんこさんが 考えている以上に
にゃんこさんを 愛されているのですよ。d(*^_^*)

http:// 

 

御声

 投稿者:にゃんこ  投稿日:2012年 5月 9日(水)22時33分31秒
返信・引用
  私も小さい頃から何か感じるものがあるのですよね。
それが何なのかはわからないです。
怖いので考えないようにしていました。

自分自身の気持ちを言葉にした時
とても怖い事があったりもしました。

なので、超自然的な事は今まで避けてきた節があるのです。

自分でも受け入れ難い事なんです。

本当に人に言うべきか迷う事もあるし、
逆に、みんな同じように感じているだろうとも
思う事があるので、口に出していいのか
とても迷います。

とにかく、とても怖いのです。

そして、神様から難題を言われたらどうしようと
考えてしまうとなかなか耳をふさぎたくなってしまう
このごろです。

 

輝きさんへ

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 5月 8日(火)14時58分42秒
返信・引用 編集済
  輝きさん こんにちわ
主にあっての 兄弟姉妹である たすくさんの 結婚のことを
お知らせくださいまして 感謝いたします。
ただ
結婚されてある 「たすくさん」の 色々な事については
現在 夫婦になられてあるのですから
夫婦には 夫婦にしか わからないことが あるものです
他人が 憶測で 色々言うことは
極力 控えていかなければ ならないとおもいますよ。


素直に  たすくさんの ことを 祝ってあげましょう。

そして

たすくさんに

*主の祝福が 豊にありますように 心から 祈ります*

http:// 

 

にゃんこさんへ

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 5月 8日(火)14時48分31秒
返信・引用
  にゃんこさん こんにちわ。。。。

先ほど 介護の仕事から 帰宅し パソコンを起動させました

私の場合
信仰を持つ以前から 一般に言う 予感というものが 強く
また それが 大抵は あたっていました。
いろいろ 行動するとき それを 参考にするようにしていました。
信仰に入ってからは 主の御声と 受け取るようになり
それは 私への導きでもあると 思うようになりました。
それから
聖書の中でも
色々な預言者が
神様からの預言をうけとり
それを 人々に 伝える使命を 神様から与えられていましたが
その神様からの預言の中には
とても 人に伝えることの出来ない 辛く 悲しい 預言もありまして
預言者自身が
伝えることを 拒んだり 悩みぬいたりする 葛藤が
旧約聖書にも 書いて ありましたよね。
神様からの 導きは
時に 厳しくもあり 悲しいものも ありますよね
だけども
長期的に そのことを思うとき あのように導いてくださって
今 マイナスに 思えることも
プラスに 変えられたということが 多いです。

よく
自分自身を守る手法に
日本では さるを模して
見ざる 聞かざる 言わざる などと言う 世渡り術なるものも ありますが
これでは 自分を閉ざしてしまっていることと同じです。
だから
聞きたくないことも あえて聞く
見たくないもの あえて見る
言いたくないことも あえて言う
このことも 大切 ですよね。

神様の御声は
心地いい 語りかけばかりでは ありません
時に
厳しい 語りかけも ありますが
やはり
それは しっかり 受け止めるように したらいいですね
少しずつ そのように していくと
どんな 御声にも 応答できるようになると 思います。
私もね 正直
神様の語りかけが あったかもしれないのに
日常のことに 追われ
それを 聞き逃していることも よくあります。
時々は
立ち止まって
自らを 振り返ることも
祈りもとめることも 必要だね
そこに
聖霊様の 働きも 導きも あるとおもうから。。。。。
風は
聖霊様を 現すとも 言います
聖霊の風が
自分に 心地よく 吹いてくる ように
お迎えできる姿勢も また 必要だね。


http:// 

 

たすくさんについて

 投稿者:輝きの求道者  投稿日:2012年 5月 8日(火)01時43分23秒
返信・引用
  洋チャンさんへ
先日、たすくさんが結婚されたことに関して書きましたが、実は、早くも離婚の危機を迎えている、とのことでした。
でも、出会った教会では、「結婚に関する学び」が行なわれていました(タイミング良すぎ:笑)。お祈り下されば幸いです。

http://blogs.yahoo.co.jp/kagayaki20091223/3985343.html#4044422

 

苦手な事

 投稿者:にゃんこ  投稿日:2012年 5月 7日(月)22時44分51秒
返信・引用
  ヨハネの洋ちゃん、
神様からのメッセージを聞く事はありますか?
私はその事が苦手です。
怖い事を言われた時にそのようにできないのではないかと
思うからです。
だからつい、耳をふさいでこちらから
一方的にお祈りのみをしてします。
神様の声を聞いて聞き従う事、
難しさを感じています。

 

私は

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 5月 4日(金)23時28分22秒
返信・引用
  にゃんこさん こんばんわ。。。。
今日は
妻の実家に 掃除と植木の剪定をしに いってきましたよ
沖縄の 高速道路は
観光客の車や レジャーの車で 渋滞してました
私達夫婦は
いまいちの格好で。。。というか 掃除のスタイルで
車に乗っていて
周りの人たちは なんか レジャーって感じの服装で
肩身が 狭かったです
まっ それでも
こうして 夫婦で ドライブがてら 妻の実家の お役に立てて
よかったです。

http:// 

 

GWですね

 投稿者:にゃんこ  投稿日:2012年 5月 4日(金)10時45分50秒
返信・引用
  この間息子が剥離骨折してようやく治ったと思ったら今度は主人が怪我をしてしまい、松葉杖状態になってしまいました。
このGW何処へ行く予定もなかったけど、程よい距離の公園に自転車に乗って
行く予定をしていました。
残念な事になってしまい、ずっと家にいます。
それぞれゲームやパソコン、テレビ
雨なのでまだ諦めもつきますが、とても残念な感じです。

健康が一番ですね。
しみじみ思います。

金銭的に日常が厳しいのですが、
やはり体が調子悪くてはお金があっても何処へも行けない
出来ない。

最悪な事にならなかっただけ
神様に感謝しなくてはです。

 

祈りに覚えてください。

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 5月 1日(火)22時00分57秒
返信・引用
  にゃんこさん こんばんわ。。。。
沖縄は 連日 くもりと小雨です
洗濯物も 中々乾きませんし 湿度も85パーセントも有りますと
いい加減 頭も変になりそうです。
なんか 怒りっぽくなったり イライラしたりも致します。
九州北部からの 移住者なので この南国の環境は 辛い時もあります。
でも 6年目に入ったので 以前よりは いいかもです。
それから
私達 夫婦は 神様から生かしてもらって 生きているような状態です
生活に 全く 余裕はありませんが
でも 下記の夢は 大切に抱いているのですよ。
人にできないことも 神にはできる
ただ ただ これにすがるだけです。

http:// 

 

ゆきこさん、ヨハネの洋ちゃん

 投稿者:にゃんこ  投稿日:2012年 4月29日(日)23時34分49秒
返信・引用
  こんばんは。
連休に入りましたね。

ゆきこさん、名前のところは多分、自分の事かなと思っていましたよ。
大丈夫ですよ...

ヨハネの洋ちゃんのプラン、いいですね。
私も沖縄に行けるかわからないですけど、
お祈りしてみようかな?
叶いますよ。きっと...

今日は本屋さんで切ない話を聞きました。
その方はとても困っていると言っていました。
誰にも話せず、苦しいのだなと思いました。

長年公園の掃除と川の掃除をされているそうです。
ゴミもだんだんとなくなってきたものの、
公園に犬の糞がひどくて困っているそうです。
あじさいの花を植えた所、片っ端から抜かれたそうです。
多分犬を飼っている方々とのトラブルからだろうとおっしゃっていました。
一日も早くトラブルが解消されるといいなと思って
聞いていました。

子供達やみんなの為にきれいな公園を守っていたいそうです。

確かに、私もこの間久々に天気がいいので、
公園のベンチで本を読んでいましたが、
犬のおしっこのにおいが、下草からきて
正直気持ちのいい時間ではありませんでした。

犬の散歩のできる公園と
人が楽しめる公園の住み分けができるといいなと思いました。

この事も神様にお祈りしたいと思ったのでした。

 

沖縄の梅雨入り

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 4月28日(土)21時21分6秒
返信・引用
  皆さん こんばんわ。。。。
沖縄は なんか すっきりしない天気で
なんだろうと思っていたら。。。。
テレビのニュースで 連休初日の今日から 「梅雨」入り だそうです。
せっかくの 連休なので 沖縄に来た 観光客も ちょっと がっかりしたかもね
しかし
それでも 沖縄に来る観光客は 多く 空港は 人が多かったらしいですし
ちゅら海水族館へ 向かう人が 多いようですよ。
こんなときは レンタカーが たくさん 走っています。

http:// 

 

こんにちわ。。。。

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 4月28日(土)14時03分26秒
返信・引用
  ゆきこさん こんにちわ。。。。
午前中は 買い物があり 妻と二人で ショッピングモールに
行っていました。
ゴールデンウィークに入ったこともあるのでしょう
小雨もようの 天気ですが 駐車場は 満車に近い状態でしたよ
このショッピングモールは 野菜でも 生活品でも いつも 低価格で
そのうえに 単体の販売もしてあり さらに 見切り品もたくさんで
私達貧乏夫婦には 重宝する場所です。

それから
沖縄においての 下記の夢は ほんとに 夢のまた夢ですが
そんなのが 実現できるようになるといいなと思っています。
多分 この状況では 不可能です
けど 夢は 夢として 持ち続けようと思っています。
実現したら 是非 来てほしいです。

http:// 

 

誤字、ごめんなさい!

 投稿者:ゆきこ  投稿日:2012年 4月28日(土)07時57分58秒
返信・引用
  今朝は、めまいがする成果、誤字をしてしまいました。
にゃんこさんを、にゃん故さんに、
麦さんを向きさんに。
ほんとうに、ごめんなさい。
 

実現できますように。

 投稿者:ゆきこ  投稿日:2012年 4月28日(土)07時54分55秒
返信・引用
  洋チャンさま。
私が、こちらに、くるのは、本当に、心の中や、自分の母との軋轢や、
娘とのことで、体に出てくるほどの、苦しさを、
話せるからなんですね。
ですから、洋チャン様が、幼いころから、現在にいたる苦労を書いてくださると、ほんとうに、うなずけるんです。
私も、近くに住んでいたら、洋チャンさまや、向きさん、にゃん故山野、皆様と、お会いし、いっぱい話しをしたいと思います。
そして、小人数で集まれる場所が、できたら、ほんとうに、いいですね。
私も、その、中にいる自分を想像し、実現できる日がくるように、祈りますね。
 

こんにちわ。。。。

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 4月27日(金)14時51分9秒
返信・引用
  ゆきこさん にゃんこさん こんにちわ

いつも 書き込みと 励ましに 感謝しています。

人のことについてばかり
偉そうなことを 言っている 私ですが
実のところ
わたしの方も
経済面や 私達夫婦の沖縄でのビジョンへの不安で
押しつぶされそうに なっています

私は 小さい頃 両親が とても 厳しく
家の中に 友人を連れてくると 叱られていました
そのせいか
大人になると その反動でしょう
私は
この沖縄の地に どんなに 小さくてもいいので
ささやかな土地と
家はとても買えませんので 中古のプレハブなどで 住まいを作り
そこを 知り合えた皆さんに解放して 交流の場とすることを 夢見ています
人生の話し 雑談 お食事会 ともに悩みを語る場 信仰を語る場 として
そこを 活用したいと思っています
はっきりいえば
幼い頃 出来なかった 開放された 我が家を 作りたいのです
でも
実現は 私たちの状態から いつのことやらと 言う感じです
けど
これは捨てきれない夢です。
みんな
なにかしら 夢は ありますよね
どんなに 今 不可能と 思えることでも
いつか
不思議も あるかもしれないと 信じています。
神様に そのことを いつも お願い しているのですよ。

http:// 

 

さみしさ

 投稿者:にゃんこ  投稿日:2012年 4月26日(木)11時45分27秒
返信・引用
  コメントをありがとうございます。
聞いてくれて嬉しいです。
自分の存在を感じます。
私の事を考えてくれたんだなと思う時
本当の愛を感じました。
うれしかったです。
ありがとうございます。


昨日、淋しさについてお祈りしました。
私はやはり心に小さい頃の悲しみがあった事に気がつきました。
そしてその傷についてお祈りしました所
かなり硬い重い傷だった事もわかりました。

一度に簡単にその傷や悲しみ、いろいろな思いは消えないかも
しれませんが、神様の前に私の悲しみ全てを出して
人を憎んでいる気持ちなどを悔い改めました。

今はお陰さまで心も軽くなりました。

鼻がすーっと通る感じです(笑)

やっと本を読んだりできる心境になりました。
淋しさに取りつかれると
いつもそうなのですが、
気持ちがどうしても切り替えできない私です。

やったとしても心のどこかでスッキリできないんですよ。
その事が終わった時にまた悲しみがやってきてしまうんです。
不器用な性格です。

存分にあの時私は悲しかったと
ティッシュ箱なくなるくらい泣きました。

かなり重いものだったと、私がこの事に支配され
今までを生きてきた事を知りました。

暫くは楽しく生活できそうです。

 

本当に、そう、おもいます。

 投稿者:ゆきこ  投稿日:2012年 4月26日(木)08時01分20秒
返信・引用
  洋チャンさま。
わたしだけでなく、にゃんこさんへの、ご返事を、よんでいても、
本当に、そうだと、心からおもいます。
あっこ戸の、親子関係においても、障害者の親は、大体、同じ考えの人が多いいのですが、どんなに、豪快で太っ腹のおかあさんでも、
心のそこは、健康な兄弟よりも、障害のある子供のことが、心からはなれず、
いつも、気にかけていますね。
私が、いつも、言われていることは、{くぼちゃんは、心配しすぎだよ。
あっこちゃんは、パニックを起こしながらも、ちゃんと、やってるんだから、作業所と、グループホームの、職員さんに、任せて、お願いします出医院だよ」とのことで、此れは、息子にも、言われています。
「もっと、あっこを信頼しろよ、注意をするにしても、さらりと、行って、しつっこく、何回も言わないんだよ、心配はわかるけどな}
とのことです。
兄弟は、親より、冷静な部分があるので、
彼女、彼らは、皆、兄、姉、弟、妹の言うことの、鵬が、親より、効き目が
逢って、怖がって{笑い」いるとのことです。
私も、親同士、たくさん、友達がいるので、欲、話てわらえるだけでも、
ありがたいなと、思います。
また、毎月、あっこを連れて行っている糖尿の先生からも、言われました。
「いずれ、あなたのほうが、子供を置いて、先に行くんだから、今のうちに、
グループホームになじませておいたほうがいいよ」と。
わたしの周りには、たくさん、いい、アドヴァイスをしてくださる方がいて、ありがたいと、思っています。
にゃんこさんへ。
私も、洋チャンさまと、同じに考えますが、
人間は、皆、孤独のときは、寂しい気持ちは、あると思います。
家族といても、孤独の気持ちになるときも、あるのですから。
ただ、そういう時は、寂しい気持ちをいつまでも、引きずらないほうがいいと、思います。
わたしの場合は、犬の散歩で合う犬友達がたくさんいるので、
外で話してくるか、DVDでアクション映画をみるか、サイトに、かきこみに行くか、「YouTube〉出、好きな音楽を聴くか。
とにかく、気持ちをあかるくなれるほうに、ひっぱりあげています。
後は、大好きな、ガーデニングですかねぇ。
洋チャンさまが、おっしゃったじゃありませんか。
洗礼を受けたら、兄弟だって。
わたしは、クリスチャンでは、ありませんが、
いい、考えだなと、おもいます。
応援しています。
 

寂しい気持ち

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 4月25日(水)22時51分52秒
返信・引用
  こんばんわ にゃんこさん
こちらこそ 書き込みに感謝いたします。

寂しい気持ちは
どのような人にも 多かれ少なかれ あります
人は
たとえ 神様に どんなに 信頼しているといっても
寂しい時は
何らかの応答のあるものに 頼ります 求めます
これも 人の弱さですが 自然な事ですよ
私は 50代で 結婚いたしました
当時 わたしは 神様を 信じていても
何かしら寂しく 孤独でした
神様は 共に 居られますといわれても
声をかけて 返事が すぐに 帰ってくることは ありません
また
寂しさは コミュニケーションの中で 癒されることが 多いのです
それゆえに
私は神様を信じつつ
助け手となる 人を 求め続けました
そして
今 それが実現し 心の平安を 得ています
よくよく考えるに
そこに至るまでに 神様のお導きが あったのに そのことすら
一時 忘れる始末でしたよ
人間とは
このように 弱き生き物です
声をかけ 声が返ってくることを 求めます
ある意味
掲示板も そうなのかもしれませんよね
掲示板に 来られる方は
なにかしら 応答を 求めて あられるのかも しれません
きちんとした回答は もしかすると 求めていなくて
なにかしら 自分に応答が 帰ってくることを
実は 願っているのかも しれませんよね。
ある人から
このようなことを 言われた経験が あります。
ある事を 相談される方は
すでに その方には その方自身の中に 回答があり
ただ それを 聞いてもらいたいのだと。。。。。。
その時は 納得できませんでしたが
よくよく考えると
その通りなのかもなって 思いました。
私の経験からも
そのパターンが これまでに 多かったように 思います。
寂しさも にゃんこさんだけでは ありません
だけども
そう言われたって やはり 寂しいんだよね
これの解決策は
寂しさの定義が 十人十色なので 中々 見つかりません
厳しいことを言えば
その人の 寂しさは
その人にしか わからないからです。
他の人には 決して 理解できないものなのです
だから
寂しさを 何かで なくそうと思っても それはなかなかできないよね
もし 出来るとしたら
家族とか 親友とかで
同じ 位置関係というか
同じ目線で 同じ立場になってくれて 話せる人しか いないよね
人間は
洗礼を いくら 受けても
神様が 共におられますと 言っても
半肉半霊の生き物です
人間の本質は
弱い生き物で 欠けた存在 なのですよね
だから
神様に相談したって どうにもならないと 思いつつも
それでも
それにもかかわらず 神様を 求めるのですよね。
寂しさは 結局 人の力では 埋められないのかな。。。。。

それから
人は あらゆる困難 試練を 受けるごとに 神様を より求めていきます
時には
神様に懐疑心を 抱く時もあります
それも また 正常な 心なんです。

支離滅裂ですが 私は そんなことを 思いました。

http:// 

 

こんにちは

 投稿者:にゃんこ  投稿日:2012年 4月25日(水)16時29分49秒
返信・引用
  いつも書き込みありがとうございます。

わたし、やっぱり何処へ行っても淋しい心がつきまとうのです。
何度も何度もこの淋しい気持ちと向き合って神様にお祈りして
ざんげすべき所はしているのですが、
なかなかこの淋しい気持ちから開放されないんですよね。

今日も人と会ってきました。
帰ってくると物凄く淋しくなる。
いつもは、このもの悲しさがいやなので、
益々自分が体が痛くても(疲れで)何処かへ寄ってきたりします。
本当は疲れているので、嫌なんだけど、
このもの悲しい気持ちに対面するくらないなら、我慢して
出かける。
そんなことの繰り返しです。
どうしてこんな気持ちになるんでしょうかね。

神様といつも一緒なら淋しくならないはずなのに...

 

にゃんこさんへ

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 4月25日(水)14時59分20秒
返信・引用 編集済
  こんにちわ にゃんこさん

洗礼を受けられたとのことで
ほんとに ハレルヤです。。。。。

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

            ヨハネ 3:16

この聖句にも ありますように
神様は
この世において 一人でも 一人でも 多く 永遠の命を得て
救われることを 切に 切に 望んであられます。
誰一人として 滅びの道を歩まず
命の道を歩むことを 望まれておられます。
それには
まず
イエス様を 救い主として 信じることから 始まりますよね
*救いは イエス様を通してのみ 与えられます*からね
(イエス様を通してでなければ 誰一人として 天の御国に 入ることはできない)
聖書の中に
ある金持ちの たとえが あります
ある金持ちが イエス様に
どうすれば
天の御国にいけますか
救われますかと 問いましたよね
そのとき
イエス様は言われました
*汝に 足らぬことが 一つある*
それは イエス様を 主として 受け入れられなかったのです
なぜなら
金持ちがゆえに
この世の富に まだ 未練が あったからです。
第一のものを 第一にする
神様 第一です
この世に どんなに富があろうとも どんなに お金を積もうとも
この 永遠の命 という 宝は 買えないのです。
聖書には
*人は裁かれることと 死ぬことは 定まっている* と あります
しかし
*イエス様を信じる者は 死んでも生きるのです*
このことは なによりも大切な事です。
だから
にゃんこさんが 洗礼を受けたと 書き込みが ありましたが
にゃんこさんの 名前は
天の御国の *命の書*に 書き込まれたのです
そして
天の御国では
御使いたちによる 喜びの祝宴も 執り行われたのです。

それから
聖書にありますが
サムエルは 神様の声を聞くとき

主よ お語りください
僕は 静まって 聞いております

と言って 沈黙の中で 主の御声を 聞いたと あります
人の思いか 神様の思いかを 聞き分けることを
キリスト教では *聖別する*とも いいますよね。。。。。
何が *神様に喜ばれること*かを 思うとき
それを 指し示されると 確信 いたします。
にゃんこさんの身体は 主の聖霊の宮です
主は
にゃんこさんの中にも 住まわれてあります。
どうぞ
静まって その 御声をきく 時間もこれからは 用意してくださいね。
それから
どんなに悪い状況と思われる その現実も
後になってみれば
全ては にゃんこさんの最善に なっていますからね。
人の時 神の時 >>>>>クロノス  カイロス
が ありますからね。
人の時間と 神様の時間は 違いますからね。
それから
これは 聞いたかもしれませんが
たとえ 洗礼を受けて クリスチャンになったとしても
明日から すぐに 何か 変わるかと言えば 変わりません
ただ
私たちには 天の御国に 確実に 入ることが出来る切符を手にしたのです
そして
にゃんこさんは 神の子として 神の家族に加えられたのです。
これからは
にゃんこさんと 私は *主にあっての兄弟姉妹*ですね。
また
信仰は これがゴールでなく スタートです。
信仰の道には 終わりは ありませんよね。。。。。
にゃんこさんの バースデーが また 増えたね
洗礼を受けた日が
*もう一つの にゃんこさんの 誕生日*です。
おめでとう
主の祝福が にゃんこさんに 豊に あらんことを 切に 切に 祈ります。

そして
ハレルヤ 栄光は主のものです。

http:// 

 

ゆきこさんへ

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 4月25日(水)14時19分38秒
返信・引用
  こんにちわ
今日は 仕事がお休みなので
せせこましく お部屋の掃除などを してました
ついでに
お風呂とか トイレ周りの掃除もしました
もともと
お掃除屋さんも しているので
清掃は 割と 好きで
手をかけて 綺麗になっていくと なんか 嬉しいものです
今 身体の調子が 良くないので
。。。というか 肩関節症を 発症してますので
ハードな清掃は控え
いくらか 楽な 介護に 集中していますが
50肩で知られる 肩関節症も
去年の発症当事よりは いくらかよくて
激しい肩の痛みは 減りました
また
可動域も いくらか増えました
夜中 眠れないほどの 肩の痛みがあったころは 睡眠不足にもなり
ふらふらでした。。。。。。
まっ
年齢から来る 肩の筋肉の老化であり
清掃をしているので 肩の筋肉を使いすぎた 職業病でも ありますね

ところで
あっこさんとの 生活は
関わりすぎず 離れすぎず の一定の距離感が
大切ですよね。
悪い表現ですが *親ばか* というのがあります。。。。。
他人の子供さんには それなりの 観察力と 判断力が 発揮されるのですが
こと
自分の子供のこととなると
これが 全く 盲目状態に 陥るのですよね。
妻の 実家に行くと
妻のお母さんが 障害のある 子供に
傍から見ると とても 甘い状態が 見て取れます
たとえば
全盲と知的障害のある我が子が
白杖を 使用しないことでも その他の 大切なしつけにおいても
嫌がると言う理由だけで それを 黙認します
しかし
これは 嫌がっても 何回も 教え続け 使用させなければ 覚えさせなければ
将来 結果として 大変な事に なることが あります。
一般の生活に とけ込むことが できなくなります。
このように
時には
ライオンが 子供を 崖から突き落として
生きることの厳しさを
教えるがごとくに しなければ いけないことも ありますよね

ご家族にとって
このような 緩急をつける 生活指導も しなければいけないので
大変と言えば 大変ですよね。
我が子との 良好な関係を維持しつつ しつけもしなければならないので
その 世話をする ご家族の 精神的ストレスも 相当な者となりますから
先にもいいましたように
介護したり 見守る側も 時には ストレスを 逃がすために
旅行したり 気分転換したり なにか趣味を持つことも 大切だよね。

http:// 

 

おはようございます

 投稿者:にゃんこ  投稿日:2012年 4月24日(火)07時15分58秒
返信・引用
  こんにちは。
いつもこの場所に書き込みができる事に感謝します。

私は今祈りについて学んでいます。
ヨハネの洋ちゃんは祈りそして神様の声が聞くことができますか?
自分の肉の思いか神様の声か聞き分ける事が難しいなと感じます。

それからこの間洗礼を受けました。
無事終わり安心しています。
 

ありがとうございました。

 投稿者:ゆきこ  投稿日:2012年 4月22日(日)13時22分13秒
返信・引用
  洋チャンさま。
いつも、私の愚痴に対し、あたたかく、きいていただき、アドヴァイスをほんとうに、ありがとうございます。
今朝、娘が、風邪を引かないか、心配して、部屋2ストーブをつけなさいとか、言葉かけしてから、疲れきってため息をついていたところを、
出勤前の息子に見られ、{お母さんは、あっ子に過干渉なんだよ。それで、自分でつかれすぎてるんだよ。
あっこだって、世話を焼かれすぎるのを、嫌がってるんだ世〉戸、言われ、はっと気ずかされました。
確かに、あっ子は、大変な子供であることは、自失で、ものすごく、私も、周りに、気をつかいすぎてきた人生の大半でした。
そこに、持ってきて、更年期障害がひどく、不安神経症と、パニックディスオーダーが、出てきて、現在にいたっていますが、
その、不安神経症の部分が、あっ子への、過度の心配になっていたんですね。
洋チャン様の、言葉と、息子の言葉で、気がつき、これから、少し筒、少し筒、
直していければと、思っています。
息子に感謝の思いと共に、いつも、温かい洋チャン様に、心から、お礼をもうしあげます。
ありがとうございました。
 

生きていく術

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 4月20日(金)23時18分24秒
返信・引用 編集済
  ゆきこさん こんにちわ
明日 明後日と
妻は
休みになるので
仕事で 頑張っている自分に ご褒美として
外食したいということで
半年振りに 行ってみようと いうことに なりました
それで
私も 一緒に行き お肉を 食べました。
なんか せせこましく
妻も私も がむ しゃらに 生きていますので
疲れ果てる時があります
そんな時
たいていは 気が短くなります。。。。
お互いに そんな兆候があったので
今夜は ほんとに 久しぶりの外食を 致しました。
時に
このように 気分を変えて見るのも いいですし
頑張っている自分に ご褒美しても いいですよ。

ところで
人は
本音と建前を 使い分ける 生き物です
これは
大抵 どんな人も 生きる術として そのようにして
人生の 波を 乗り切っているようです。。。。
たとえは 悪いけど
私達 信仰に あるものでも
日曜日 教会に来ると
清い人みたいに 振舞うことを 装っている人たちも 一部に 居られます
人と 神様への 二心 対応です
神様第一と 言いつつも
実は
世の人たちより 名声や 権威を
そして
富を 求めている人も います
また
表立って いい人を 装っていますが
それが 教会内だけに とどまる人も います

また
仕事場でも
二つの自分を 使い分けている人も 多く います
人には
大抵 二面性は あるものですよ。。。
そして
そうでないと
疲れ果てて 生きられないからね。
出来るなら
誠実 真実一路が また 一貫性があるのが いいのでしょうが
健常者 障害者を 問わず
ある程度 表裏と言うと 言葉が すごく 悪いけど
この世の 荒波を 乗り切るには
そうしないと
世の中に つぶされて しまいますよね
信仰に有る者が このような 発言は したくないですが
これも 現実ですよね
これは
人の弱さに よるものです
また 病に 起因することも ありますが
たいていは 生きる術から でてきているものです
そして
それを 非難も出来ないよね。
では
あなたはと 問われますと
反論も できなくなります。
だれでも どんな人にも
それは 思い当たる節が あるからです。

ゆきこさんの 本音のようなことは
大抵の人が 思ったりもしてる
ただ
それを 正直に話しているか いないかの違いだよ。
この私も
実の父に対して 同等の思いを 抱いたこともあるし
今も ことあるごとに
とても 人に言えないような 悪いことも 考えます
ただ
そんな時こそ
信仰が 私を 救ってくれてて
神様お一人に そっと そのことを わびます
そして
悔い改めの 祈りを 致しております。 

http:// 

 

我が子を愛せない!

 投稿者:ゆきこ  投稿日:2012年 4月20日(金)19時27分41秒
返信・引用
  本当に、この苦しさは、口でいえません。
また、自分がいやでたまらなくなります。
外といえを使い分け、外・・特に、グループホームや、職場「作業所」では、
職員さんの、言うことを聞き、お友達とも、適当に、仲良くやり、
いえでは、玄関に一歩入った瞬間から、
大声を張り上げ、些細な一言に、逆切れし、泣き叫び、畳や、柱に噛み付くなど、そして、お父さんが、七時に、二階に上がり、自分が、したでひとりになるまで、さわぎまくり、
母親である私の、神経をずたずたにする娘。
とても、たまらないです。
グループホームには行って七年目。いろいろなことに、自信を持ってきて、親離れしていると、しりながら、このまま、かえってこなければいいなど、
恐ろしいことを考えている自分がいます。
そして、93歳になる母が、肺に癌が出来ていて、一年の命といわれていて、この、秋で一年になります。
出来たら、母が亡くなったら、娘の私を助ける為に、孫であるあっこを、迎えに着てくれたら・・など、親として、最悪のことが頭をよぎります。
私は、最低です。
今、ここで、告白します。そして、また、
気持ちを立て直し、進んでいかなければいけません。。
 

ロムされている皆様へ☆

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 4月20日(金)10時40分18秒
返信・引用
  ロムされている方で(掲示板を見ている人のこと)
心の葛藤 苦しみ 悩み 閉塞感に囚われている方は
もし よかったら
ここに そのことを 自由に 遠慮なく 書いてみませんか?
書き込むだけでも
少しは 平安になれることも ありますからね。

http:// 

 

こんばんわ。。。。

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 4月16日(月)23時35分14秒
返信・引用
  ゆきこさん にゃんこさん こんばんわ。。。。。

こちらこそ お二人に 励まされています。
人の お話を聞いていますと
ほんとうに 色々 教えられたり
新しい発見がありますね。
丁度 それは ひとつの現象を
人の数だけ あらゆるほうから 見ているようです。
そして 思うのは
純粋で あればあるだけ 悩みも また 多いと いうことです
それから
人は 自分の立ち位置を 捜すことで
自分に 納得する傾向が ありますよね
他の人との比較も その一つなのかも しれませんね
福祉的なことにおいても
信仰的なことにおいても そう思います
そして
それが 普通の感覚と 思いますよ。
ある人が 言った
その人の悩みは その人にしか 理解できない
ただし
それを 共感することは できるってね。。。。
なんか わかるような 気もします

それから
私なりに *教会*について 思うことは
たとえば
クリスチャンが
全て聖い人たちかと 言えば そうではないよね
そうでないから
洗礼を受けた後も 幾度も 悔い改めるのだよね
そのように
教会は それらの人が 集まる場所ですから
当然 その中では
いろいろな人間関係の問題とか 起こります
そして
牧師様とて 神様ではないから
えこひいきみたいなことも 知らずのうちに しでかすよね
そして
お金じゃないと言いつつ
結局
教会内でも 経済力を 試される時がある
また
敬虔さを装った傲慢も まかり通っている
そして
ピュアーな人ほど 傷つくよね
結果
教会から 離れていく人たちもいる
あのね
私も ある時期 あることに対して 矛盾を感じ
教会から 離れた経験が あります
そして
大小いくつかの教会に お世話になったことが ありますが
やはり
どの教会も なんらかの問題は かかえているよね。。。。
そこで 言われることは
*人を見ないで 神様だけを見なさい* っていう アドバイスですが
そうは 言っても
教会内で
信徒様との相性も
牧師様との相性も 大切です
もし
みんなが その アドバイスを もし 守れたのなら
教会から 離れる人など いないはずです
しかし
現実は その教会から離れ
教会を変えて 落ち着く人が 多いものです
だから あえていいますと
信仰を 失うぐらいなら
教会を 変えたほうが いいのです
私は そのように 言っています。
そんな時
*隣の芝は 青く見えますよね*って
皮肉を 言われることが あるかもしれませんが
そのときは
芝生も変えてみなきゃ わかりません と 言い返してください。
わたしも 超個性派ですから
がんじがらめにされること 管理されること 支配されることは 嫌いです
だから
ある程度 自由度のある教会に 通い
それも
ある距離感を 維持して 精神的に 楽にしています
信仰だからといって あまりに 深くのめりすぎると
人によっては 心のバランスを 崩します
神様との関係を大切にしつつ
長い信仰の道を 歩んでくださいね。
神様は
信徒が 疲れることなど 望んで いないのですからね
むしろ
神様は 癒される方なのです 癒し主なのです
そのことを しっかり 心に 留めてて くださいね。

http:// 

 

ゆきこさん、洋チャンさんへ

 投稿者:にゃんこ  投稿日:2012年 4月16日(月)20時36分34秒
返信・引用
  ゆきこさん、ありがとうございます。
やさしい言葉が心にしみます。

洋チャンさんへ
教会内でのいろいろをお話くださいまして
ありがとうございます。
私は正直本当にがっかりしたんです。
神様を中心にしているのでやっと安心できる場所を見つけたと
思っていたのです。
家の教会でも神様のなさって下さる事を話すにも
気を使ってしまう私がいます。
でも前の教会でも感じたのですが、やはり何処でもあるんだなと
今回の洋チャンの書き込みを
読み、やっとわかりました。

神様は苦しみがなくなるとはおっしゃってないですものね。
苦しみの中にも喜びを見つけるように気持ちを
神様に向けられるといいです。
希望をうしなわないようにします。

本当に、ここは私にとって本音が出せる場所です。
オープンにする事によって
残念な書き込みをされる事にとても恐ろしさを感じていました。
反対意見も自分を成長させるものかもしれませんしね。
神様に聞きながら参加したいと思います。


どうか、この場が神様によって守られます事を祈ります。

ありがとうございます。
 

ありがとうございます。

 投稿者:ゆきこ  投稿日:2012年 4月16日(月)19時23分47秒
返信・引用
  洋チャンさま。
本当に、ありがとうございます。
私のことを、心から、案じてくださって。
麦さまの、二人の、弟さんの、介護にあたるお母様は、
私より、年齢が上と、思います。
精一杯、一生懸命に、介護なさり、息子さんの、状態によっては、恐怖を感じるところなど、
私と、共通点を感じます。
また、恐怖を感じることが、体によくないと、しりながらも、
すさまじい、大声を出されると、ドキッとすることは、事実で、しかも、すごく、疲れます。
それでも、月曜日になると、娘は、作業所に行き、木曜日まで、グループホームに、宿泊してきます。
その、間だけが、私が、安眠できるときです。
そして、うちの、じいさんも、いろいろなところに、連れて行ってくれ、
息子は、私野、大好きな、アクション映画に、連れて行ってくれます。
アクション映画は、見ていると、ものすごく、元気に慣れるんです。
きっと、男兄弟の仲で、そだったからでしょうね。
にゃんこさんへの、ご返事も、拝見していて、ほんとうに、そうだと、
うなづけます。
本音を出せる場所が逢って、また、心配してくださる方と、知り合えて、ありがたく、思っています。感謝です。
にゃんこさんへ。
にゃんこさんの、お気持ちは、よく、わかります。
障害の子供を持っている人の中にも、あまり、くよくよしない、豪快な人もいますから。
私は、自分が心配証で、体に出てしまうので、逆に、
豪快な考えの方と、付き合いました。
すごく、楽になるからです。
どうか、にゃんこさん、心を閉ざさないで、勇気をだして、
さらけ出して、お友達と、おつきあいくださいませんか。
楽になりますよ。
余計なことかもしれませんが、お許しください。
 

にゃんこさんへ

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 4月16日(月)16時32分0秒
返信・引用 編集済
  ある本に
*孤独*とは 何を称して 孤独と言うのかと いうのがありまして
孤独 それは
人から 見てもらえない 聞いてもらえない 認知してもらえない時
孤独と いうことらしいです。
人は
自分を 認知してもらえた時 孤独感から 解放されます
ネットの掲示板は
不特定多数の人が 見られていることは 事実です
しかしながら
閉塞感に さいなまれている時
それゆえに 救われることが あります。
人から 隔離したところで 語るとき
いよいよ 閉塞間の中に 追い込まれる傾向が むしろ あります
そこで
あえて 掲示板などに どうしようもない 思いを 書けば
それを 見た方たちからの 色々な 意見を うけとれます
賛同の書き込み
批判の書き込み
時には
悪戯もあるでしょう
これら 全てが 応答として いただけますから
にゃんこさんの書き込みを
ロムされた 色々な 人たちが
色々な 思いで 見ることに なります
そして
応答の 書き込みの 色々が 来ます
励まされる時もあれば
不快に 感じる時も あると思いますが
そのときこそ
にゃんこさんが
相手に なんらかの 認知を 受けていることと なりまして
閉塞感を
もしかしたら 脱出できる鍵と なれるやも しれませんね (*^_^*)

それから
障害の程度で
同じ障害者の人が あれこれ言う事例も 確かに ありますよね
それは 程度の問題では ないよね。
どんなに 小さな障害が あったとしても
その人にとっては
その家族にとっては
大きな 大きな 悩み 苦しみです。

教会にも
それに 似た事案がありまして
信仰歴の長い信徒様が
新しく信仰の道に はいった信徒様に
あれこれと 高慢に なられる方が おられますが
神様は
今の信仰のみを 見ておられます
信仰歴が長く
高慢になり 神様の御心にかなったことを していない人より
信仰に入ったばかりでも
神様に喜ばれることを されてある謙遜な方を
神様は より 大切に され 用いられますよね。
それから
私は
教会で 正直 躓くことも 有ります
礼拝日
教会内で あまりに 教会組織を 維持するための 金銭の問題を
色々 知るにつけ
聖書的でない言動をみるにつけ
また
形だけの 礼拝にこだわる人を 多々 見るにつけ
日曜だけの クリスチャンを 沢山 見るとき
社会的地位を 教会に持ち込む人を 見るとき
ほんとに がっかりする時が あります。
それは キリスト教だけでは ありません
どの 宗教にも いえることで
そんな時
たとえ 信仰があったとしても 人の弱さは 相変わらずなんだなと
思うときもあります
でも
少なくとも 教会にだけは
この世の 悪しき慣例は 持ち込んでほしくないと 思ったりしますよ
それから
教会の 役員会や 色々な報告会 総会において
この世の 醜さを あることで まざまざ 知るときも 有ります
でも
にゃんこさん それに 負けないで 信仰を 持ち続けましょうね。
人の思いではなくて 神様の思いにたって
私は
教会や 信徒様との人間関係に疲れたときは
ささやかな 祈り会を 家庭で 行っています
そこに
純粋な信仰を 大切に 守りたい からです。(*^_^*)

追伸

神様に どんな時も 信頼しましょうね
そうすれば 失望に 終わることはないと 信じます

それから

私は 生き方が下手 と 皆から よく言われます
妻からも 言われる時が あります(>_<)
神様は 私を そのように造られた
なら そのように あえて 生きます。
要領悪くても いつも壁にあたっても 経済力がなくても。。。。。ね(^^ゞ

http:// 

 

ゆきこさんへ

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 4月16日(月)15時31分9秒
返信・引用 編集済
  ゆきこさん こんにちわ
ゆき子さんの 書き込みを 拝読して
ふと
妻の お母さんのことを 思いました。
ゆきこさんと 同じようなものを 感じ取れるからです
時に
ストレスによって 大声を出したり 暴れたりする
40代の 障害のある我が子 二人の その男性の すさまじい 力ゆえ
たじろいだり 恐怖におびえたりしがらも
介護しつつ 生活全般を それでも みてあられ
いつも 疲れきった状態です
そこには 心の底から 安堵する時間すらも 無いのです
そんな時
妻のお母さんに
ゆっくりと どこか 旅を させてあげたいなと 思うときが あります
現実には
この障害のある妻の弟達 二人が いるために
それも なかなか できません
こんな たとえをしたら 申し訳 ないけど
家畜農家は 生き物を 飼っているがゆえに
おいそれと 旅行も 出来ないそうです
なにか それに 似たものを 思います。
でも 妻の お母さんには
そうであっても
たまには
観光地などに行って
良い景色を見たり 美味しい食事を食べたり 温泉に入ってもらったりして
身も心も ゆっくり させて あげたいです。
ゆきこさんも これから先
あっこさんへの 長い介護が ありますから
時には
どうにかして 時間を作り
どこかで 休養されることを お勧め いたします。
ぜひ そうされてくださいね。
介護する側が 弱っては とんでもないことに なりますからね。 

http:// 

 

ゆきこさん、ようちゃんさんへ

 投稿者:にゃんこ  投稿日:2012年 4月15日(日)18時31分34秒
返信・引用
  娘も小さい頃、発狂、噛み付き、癇癪があったのでゆきこさんの
心の少しだけ私もわかります。
うちの娘は軽度の自閉症なので軽度だからゆえ人に話せない部分があります。
重い方に話すと、その程度みたいに言われてきましたので、
話さないほうがいいなと思って今は誰にも話せないです。
でも、発狂されたりストレス後の開放の時は
私も辛く切なかったです。

娘もストレスから開放された後は結構テンションが上がりすぎているのかもしれません。
ゆきこさんの書き込みを見て少しだけ娘の事とダブりました。

今日は諮問会でした。
正直安堵の気持ちと、あまり祝福されていない感じを心に感じてしまいました。
帰ってきてから泣きました。

でも神様はきっと喜んでくださっていると信じるしか
ないなと思っています。

私も今はお金に苦しい毎日です。

正直仕事もないので大変苦しいです。


ここだけが本音で語れる場所なので、
もし、不愉快にさせるような箇所があったとしたら、
どうか寛大な心で許してくださいね。

あと、人に見えないような場所?といいますか
何かあったらもっと書き込みがし易いかな...
だんだんとずうずうしいですよね。
すみません。

では



 

にゃんこさんへ2

 投稿者:ゆきこ  投稿日:2012年 4月15日(日)11時10分14秒
返信・引用
  洋チャンさま。皆様、にゃんこさん、こんにちわ。
私も、元気そうにしていますが、体も、心も冷え切っているとき、何も

かもが、いやになるときがあります。
それも、娘のあっこのことでです。
最近は、糖尿病の検査、精神科、眼科と、連れて行っても、以前は、いやだと、
周囲のもの、机とか、いすとか、眼科では、眼圧をはかる機械に絶叫しながら、噛み付くので、タオルをかませたりしていたのが、大人になったのか、
静かに、診察、検査がうけられるようになり、
心のそこから、嬉しい反面、帰宅したとたん、「多分、本人なりに、緊張が解けて、ほっとするんでしょう」ものすごい、声を張り上げ、泣いたり、途なったり、めちゃくちゃの言葉の後に、{馬鹿や郎この、野郎}なと。つぶやいているのが、堪らなく、親の神経にさわり、
疲れきり、いやになります。
すごく、このこなりに、成長しているんだからと、理解しつつ、親の私自身、年齢的に、{67才〉耐えられなくなってきているんですね。
娘の作業所のお母さんたちも、やはり、癌になったり、心臓の手術を受けたり、大変です。
本当に、心も体もひえ冷えとしていることがありますよ。
何とか、体を温める食品を取ったり、お風呂で、体をあたためたり、
がんばろと、いいきかせているこのごろです。
 

にゃんこさんへ

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 4月12日(木)23時20分58秒
返信・引用
  書き込み ちゃんと出来ていますよ。

こちらこそ いつも書き込みしてくださって 感謝しています。(*^_^*)
私は 生活に余裕がないので 光回線ではなく なんと驚きの ISDN を
いまだに 使っています。
おまけに ダイヤル回線ですよ。
超 けちけちで やっと インターネットを維持してます。
だから
動画などは コマ送り状態ですし 写真も ゆっくり出てきます。
でも
貧乏でも このように ネットにつながり みんなと 交流できることが
とても嬉しいです。

それから
精神的な アップダウンは だれしもあります
にゃんこさんが あの人は 幸せそうで いいなと 思っている人も
実は 案外
深刻な 悩みを 抱えているのかも しれませんよ。。。。
そう思うと
なんか 少し ホッとするものが ありますよ。
みんな それぞれに 大小あっても 悩んで 生きているんだなって
そして あえて 明るくしている人も いるくらいだからね。。。。

http:// 

 

ヨハネのようちゃんへ

 投稿者:にゃんこ  投稿日:2012年 4月12日(木)10時08分19秒
返信・引用
  いつもありがとうございます。
最近忙しくて疲れています。
落ち込みをそのままの自分を
受けいれるっていいですね。

今日はパソコンが朝から調子悪くて
ネットに繋がりませんでした。

今はiPhoneから、
サイトをなんとか見つけ出し
書きこみしています。

ちゃんと書き込みできるか心配です。

無事に書きこみできるかな…?
 

私流

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 4月 9日(月)22時54分36秒
返信・引用 編集済
  にゃんこさん こんにちわ。。。。

私の場合
経済的に追い込まれたり
人間関係が上手くいかないとき
頭の髪の毛が 白くなるくらい 落ち込みます。。。まじに
それで 夜中 眠れないときもあります。
そんな時
やはり ナーバスになり
見るもの 聞くもの 全てが 更なる落ち込みの対象でした
しかし
ある時から
あるがままを 受け入れるようにしました
落ち込むなら とことん落ち込む
それしかないですよ。。。。
落ち込まないようにしたら 余計に 苦しくなるからです。
そして どん底まで落ち込むと
それ以下は もう 無いのですから
後は 這い上がるだけ
どん底からだと 何をしても 後は いいことしか ないものね。。。。
私は そのように あえて しているのですよ。
人によって ナーバスな状態から 脱出する方法は いろいろだけども
これは 自分流なんです。(*^_^*)
だって 良くても 悪くても それしか できないからね。
それから
どんな人にも 人生は エンドレスに 波がきますよね
いいことばかりあるはずも無く
やはり
一定の周期で 気がめいることもくるものです
だから
そんな 気持ちのリズムを 受容できるようにしないとね。
良いことも 悪いことも 含めて 私の人生ってね。

http:// 

 

冷たい

 投稿者:にゃんこ  投稿日:2012年 4月 9日(月)21時37分17秒
返信・引用
  最近心が冷えています。
とても寒いです。
明るい事を考えようと希望を持とうとするけど、
正直しんどいです。
こんな私なんていない方がいいと思ってしまうけど、
人に迷惑はかけられない。
だから答えは一つしかない。
けど、いつもこんな風に気持ちが傾く。
ずっとこれからもだと思うととってもやっていけない気分になる
 

頑固な私

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 4月 7日(土)12時08分57秒
返信・引用
  昨日は
沖縄で 知り合った方が主催している 家庭集会に
行ってきました。。。。
沖縄に移り住んで 6年目に入ろうとしている私ですが
家庭集会に来られた 何人かの方から
私が 依然として 故郷の強い方言を 維持しているので
あなたは 頑固な性格でしょう って言われて
私は 即座に
☆そうですよ もちろんです☆ と言いました。
沖縄に移住してくる人は 大抵 二つ 大別できます

一つは
沖縄に早くとけもうとして
意識的に 沖縄に あらゆることを 合わせようとされる方がいます
また
当の本人自体が 適応性に 恵まれている方もいます

一つは
沖縄の人が 全国に移り住まわれても その文化などを 曲げないように
やはり
たとえ 移住しても
故郷の文化や 語り口調 食べ物を 大切にしようと
沖縄で 故郷を 保持する人もいますよね
しかし
この人たちも *郷にいれば郷に従え* の心はあるのです
沖縄のいろいろなものを 決して否定しているのではなく
それらに馴染む努力はしているのです
ただ
強い 故郷志向  文化思考が その人の内に 有るのです
これは 沖縄の人が ことさらに言う
*私達は沖縄の独特の文化を大切にしています*と言う言葉と 同じです。

それで
私は どちらかと言えば
いえ はっきりと この後者のタイプです
このほうは どちらかと言うと
色々 大変な部分もありますが
風当たりも 強いですが
根っからの 強い意志は どうも 変えることはできません
意思と言うより
私の身体の中の DNAが そのような行動を 勧めています
だから
沖縄に来て 6年目に突入しているにも かかわらず
相も変わらず
沖縄に来た 当初のままの 私がいます
でも
私は こんな私が とても好きです。(*^_^*) だから頑固者かもね。。。。☆


http:// 

 

壁にぶち当たる時こそ

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 4月 5日(木)00時10分8秒
返信・引用
  ふと思うのは
人は
超えられないようなハードルとか
とてつもない壁に ぶち当たる時
ある意味では
そのときが その人にとっての飛躍の時かもしれませんし
または
成長させてもらっている時なのかも しれませんね。。。。
もし なにも 無く 平々凡々としていたら
自分は どうなっていたのかと 思うときも あります。
今まで 色々な苦しいことがありましたけども
今にして おもうと
そのことで 成長してきた私がいます。
そして
聖書に あるように
*弱い時にこそ強い*という自分で いたいと 願っています。

http:// 

 

ぶっつけ本番で沖縄へ☆

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 4月 3日(火)15時55分58秒
返信・引用
  ゆきこさん こんにちわ。。。。
今日も 介護の仕事に行ってきまして
男性でありつつ
各部屋の掃除 トイレとバスの清掃 そして 洗濯 ゴミだし 昼食の準備
フローリングのモップがけ などなど やってきましたよ。。。。。。
少し疲れましたが なんとか 終わりました。
事務所に携帯で 終了の報告をして
そして
アパートに帰ってきて パソコンを開いております。
それから
妻と結婚しようと決心した時
一度も 行ったことのない 沖縄に ぶっつけ本番で 移住しました
沖縄のリサーチは 全く しないままです
なぜかと言うと
ゆき子さんのお話にも 関係して
妻からは 多少 家族に 障害者がいるとの事は 聞いていましたが
色々な事を 知りすぎると
リサーチをしすぎると
決心が 鈍ると思いまして
無謀にも 故郷の私の 自営の店を 処分して
私の持ち物を 独身だった妻のアパートに 送りつけ
そこから なんか 結婚生活が 始まったしだいです。
ゆきこさんが 信じる 信じないは 別として
私は クリスチャンでありますから
神様から 妻の住んでいる沖縄本島へ 行きなさいという
預言のようなものを 受け取りました。
聖書の中のお話に
アブラハムと言う 信仰深い方が おられますが
肥沃な土地で 沢山の家畜を飼い 安定した生活を していましたが
神様からの預言により
その地から出て行き 神様の導かれる地に行きなさいと 言われまして
信仰ゆえに 疑わず
どことも知らぬ土地に 神様の指示通りに行く決心をし
そして そのように行動して 沢山の祝福を 受けた方が いますが
私も
その 聖書箇所に習って そのように してみました。
人は 行く先を知りすぎると しり込みすることが 多々あります
むしろ
知らないことにより
大きく前進できる時が あります。
聖書には
*明日のことを 思いわずらうな*  と 言う聖句も あります。

今日の労苦は 今日で充分である
明日のことは 明日心配しなさい と ありますから
余計な事まで 心配をしなくてもいいと いうことです。。。。
そのように 何かに 突き動かされて この沖縄に 来ました。
また
以前も 書いたように
私と 父との確執で 私が 疲れ果てて疲弊する前に
神様が 配慮してくださって
沖縄と言う とても遠い地に
私を あえて 導かれたようにも 思えます。
ここに 神様の不思議と言うか 神様の最善が
結果として 用意されていたのですよね。
でもね
正直に 言います
妻の実家に 挨拶に行って
妻の家族と その家を見たときに 少し引きました。
驚きでした。。。。。
でも 信仰の力って凄いと 思いました。
もし 信仰がなかったら
いくら妻を好きでも 今のように 接することが 出来たかというと
やや 疑問です。
ふと 不安に思っているとき
心の中で
神様のことを 思いました。
神様が この現実を 用意されたんだと。。。。。
これを 受け止めなさいと。。。。

神様は その 相対する人の中に 住みたもう
あなたが どのように 相対する人に接するかを ご覧になっていると。。。。

その言葉が 脳裏にあって
この沖縄で
この妻の家族共々 受け入れて
かつ
信仰の道を 歩みなさいと 言われているように 感じました。
きれいごとのようですが ほんとのことです。
だから
信仰って
人を 強めてくれる
勇気を与えてくれるって ほんとに 思いますよ。

ハレルヤです(歓喜の言葉 主よ感謝します 主をたたえます)

http:// 

 

安心しました。

 投稿者:ゆきこ  投稿日:2012年 4月 3日(火)07時48分6秒
返信・引用
  洋チャンさま。
にゃんこさんへの、温かい言葉・・群と、胸にしみます。
人への、思いやりって、正直に素直に、自分の経験してきたことや、
感動を伝えることなのかと、感じます。
洋チャン様が、結婚が50代とのこと。安心しましたというと、
変な言い方ですが、ごめんなさいね。
息子が41歳で独身{28歳のとき、婚約していたのですが、彼女の、親戚から、
妹が障害者がいるところで、苦労することはないと、反対され、断念したのです。でも、わたしは、決して、親戚の肩をうらみませんでした。
そして、息子にMちゃんの、幸せを願ってあげようね。いつか、あんたにも、必ず、縁のある人が現れるからと、話、現在にいたります}
正直、親としては、息子が家庭をもつところを見たいと、願っています。
それでも、洋チャン様が、50歳を超えて、麦さまと、結婚されたことを、
考えると、光が見えてきました。
ありがとうございます。
それから、洋チャンさま。
わたしも、あなたと、同じ性格{ごめんなさい}菜の出、安心したひとつです。
嬉しくなって、変なことばかり、書いてしまいました。
ごめんなさい。でも、うれしいです。
 

にゃんこさんへ

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 4月 2日(月)23時20分27秒
返信・引用
  にゃんこさん こんばんわ。。。。
今日は 仕事が休みだったので アパートの中で
お掃除したり いろいろなものの整理をしてました。。。。。
ところで
私と妻は 結婚して 5年と少しなんですよ
私が 妻のいる沖縄に来たのも 同じくらいです
。。。。というわけで
私は50代で結婚しました
妻は 当時40代前半でしたよ。
妻と私は
この私の伝道サイトの掲示板で知り合ったのですよ。
それから
ほんとに 妻は よく泣きます
特に テレビの何気ない番組などを見ても 泣くのですよ。。。
でもね 私は そこも大好きです。
また
とても 気持ちの優しい人です
ただ 人見知りもよくします
相手次第で よく話しだしますよ。。。。
対して
私はと言うと
良く話しますので
社交性が有るように 受け取られますが
実は
他の人の話したことで 良く傷つくことも 有ったり致します
そして
落ちるとこまで落ちて それから 這い上がってくるタイプです
以外と 繊細な一面もあったりいたしますよ。(*^。^*)ははははは
 

御紹介☆

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 4月 2日(月)23時05分1秒
返信・引用
  私の妻の *一粒の麦*も 掲示板を 持っています
http://8808.teacup.com/mugi/bbs
皆さん
よかったら ここにも 立ち寄ってくださいね。(*^_^*)
 

ヨハネの洋チャン

 投稿者:にゃんこ  投稿日:2012年 4月 2日(月)22時38分13秒
返信・引用
  奥様も涙もろいのですね。
私も感情がぶれやすいので、涙が良く出ます。
小さい頃は母にその事でよくしかられました。
泣くなといわれましたが、涙を止める事ができませんでした。

聖餐式はわたしはプロテスタントのを見た事がないので、
まだよくわからないです。
今度の水曜日当たりに家の教会でするのかな...?
家の教会も今月から行き始めました。
 

聖餐式

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 4月 2日(月)12時09分35秒
返信・引用 編集済
  皆さん こんにちわ。。。。

昨日は
第一日曜ということもあり
厳粛な 聖餐式を 与りました
私達 夫婦が この沖縄本島で お世話になっているのは
オーソドックスな 教会で 派手さは 有りませんが
若者から お年寄りまで 平均的に バランスの取れた構成をしている教会で
私の好きな 聖歌 讃美歌
そして
ワーシップが 少々混在して 賛美されている 教会です。
私は
日本バプテスト連盟の教会の信徒なので
バプテスト系は しっくりくるんですよ。
礼拝の流れや 礼典が 同じだからです。
この教会は
聖歌隊 ハンドベルチーム アンサンブルチーム もあり
音楽の面で 拡充してます
今日 行きますと
礼拝後 無償で 宣教120周年のメッセージと 賛美が入った
オリジナルCDを いただきました
それで
ただでは 申し訳ないので 少しばかりの 献金もして
更には
教会の おにぎりセットも 二つ買って お昼の食事としました。
昨日は ほんとに 恵まれた一日でありました。
日々 いっぱい いっぱいで 生活してる 私たち夫婦ですが
なんか 主に生かされているなって感じつつ
そして
幸福感も かみ締めて いました。



ー参考ー

聖餐式(せいさんしき)とは
私たちの あらゆる罪を 取り除くために
罪の無い 汚れの無い 神の子であるイエス様が
この世に 来てくださいました
そして
この世で イエス様は
皆に 悔い改めなさいというメッセージを 語られていたのですが
それを 素直に受け取らない人たちの迫害や
当時の 宗教指導者の弾圧によって
イエス様は 罪びとに 仕立て上げられてしまいました
それも 当時
最もむごい 十字架の刑に かけてしまったのです
でも
イエス様は 自らを 十字架の刑にかけた この憎むべき人たちにでさえ
まさに 死の直前に
天のお父様に向かって 最大の とりなしの祈りを してくださいました。
この者たちは 自分が 何をしているのか わからないのです と。。。
まさに息が途切れようとしている時
天の父なる神様に 罪にさだめないようにと イエス様は とりなされたのですよね。

イエス様が 十字架にかかったのは
私たちの罪を 取り除くためでした
そのことを 感謝しつつ
それを 忘れないためにも これを記念として
この聖餐式が あります
聖餐式には
パンと ぶどう酒が 用意されます
これを
イエス様を 心の主として受け入れ 洗礼を受けた信徒様たちが いただくのです
パンは
イエス様が 十字架上で裂かれた身体を現して
ぶどう酒は
イエス様が 十字架の上で流されたその血潮を現していますよね。
この聖餐式は
洗礼を受け イエス様が 何をなしたもうた御方であるか理解をしている信徒様
のみが 受けられますよね。
これは 大切な 礼典ですので
聖餐式の意味を 充分 理解する必要が あるからなんです。
 

そういえば。。。。

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 4月 1日(日)22時04分52秒
返信・引用
  にゃんこさん こんばんわ。。。。

そういえば 私の妻の一粒の麦も 泣き虫で
色々な時に 感動したり 感極まると すぐに泣きます
泣くのはいいのだけども
教会で 思い出したりして泣かれますと
なんか 私が いじめたように思われてないかと
不安になることもあります。(-_-;)
とにかく
私の妻は
私が 言うのも変ですが
とても 人情深いので
何かと 感動するシーンがあると すぐに 大泣きします。
なんか にゃんこさんと 同じです。(*^。^*)ははははは
 

ヨハネの洋チャンへ

 投稿者:にゃんこ  投稿日:2012年 4月 1日(日)17時28分5秒
返信・引用
  礼拝に行ってきました。
朝は昨日の晩より気持ちが重たい感じがなく
行く事ができました。

ありがとうございます。

行きしな車の中で私の口から出る言葉にも罪はあるし、
寝ていても罪があり
何をしても罪がある事が
頭の中によぎりました。

神様にお祈りして罪を償い礼拝に挑みました。

神様からのメッセージを頂いてきました。

私はとてもよく泣くんです。
今日も泣いてきました。

とりとめのない文章ですみません。

 

にゃんこさんへ

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 4月 1日(日)17時10分6秒
返信・引用
  にゃんこさん こんにちわ。。。。。
その礼拝に
本日 妻と共に 行ってきましたよ (*^_^*)ははははは

今日は
第一日曜日なので
キリスト教会では 聖餐式が 執り行われますよね
私共も 受けてきましたよ

プロテスタントでは
聖餐式と洗礼は 大切な 二つの礼典です
キリスト教では
イエス様を 心の中心に お迎えしたときに
洗礼を受けて 信仰の証を たてますよね
洗礼 それは
キリスト教の 信仰の始まりと言うべき 大切な 礼典ですね
授洗するとは 水の中を 通っていくことです
水の中を通るとは
いったん古い自分が死んでしまうことを 意味しますよね
水の中で この世の 古い自分が死に
水から上がった時 新しき自分に 生まれ変わる
新生ですね。。。。
そのとき
罪の無い 汚れの無い身体へと あなたは 生まれ変わるのですよね
なにより
イエス様を通して その人は *神の子*となりますし
天国の *命の書*に そのあなたの名が記されるのです。
また
それによって
同じ信仰を持つ人と 兄弟姉妹となり *神の家族*に 加えられ
更に *永遠の命*を 約束されます。
これは 洗礼を 受けた人たちの 特権でもありますよね
この世では
死は どの人にも やはり 確実に 来ますが
しかし
洗礼を受けた人は
死んでも なお 天国で 永遠に 生きつづけます
それゆえに
洗礼を受け 信仰を持った方たちにとって
この世の死は 永遠の滅びでは なくなります
むしろ
死後の世界には 天国への凱旋がありますし それは 約束されています
極論を言うと 喜びでさえあります。
ここに
洗礼を受けることの 大切さが ありますよね。
これは
どんなお金持ちが どんなにお金を積んでも 買うことの出来ない ものです。
。。。。。。と このように 洗礼の大切さを 語りましたが
多分
洗礼を 受ける前ですので
信仰の入り口に 入る為に
心を整える 学びが 組まれている事と思います
洗礼を受けるとは どう言うことかと
とくとく 牧師様から お話しがあってるのでしょうね
かくいう 私も それを体験しました
クリスチャンと名のつく人は その道を 一度 通ってありますよね。
私的に その後の信仰生活で 思うことは
洗礼をうける直前と 受けた直後は
霊的に ピークに達していると思います。
洗礼を受けたからといって
では 次の日から 何が 変わるわけでもありませんが
そのときの 自分を振り返るとき
マックスで ピュアーな自分でいたような気がしますし
何事にも 純真でいられたときでした
それでは 今はと 問われたら
信仰生活も 長くなりますと この世の矛盾と向かい合って生きるので
やはり 洗礼を受ける決心をした頃に比べ
なにごとにも 鈍感 無関心 形式的 な心が入り込んでいますから
教会に行く 大切さは
毎週 日曜日に
神様に 不信仰をわび それを悔い改めに行くことかな

人は 弱い生き物ですから
汚れた環境にいますと やはり 汚れます
まっ 週一の 自分洗濯のようなものです
また
神様を礼拝し 祈り 賛美することのためにも 行ってます。
ときおり
礼拝に行くことが おっくうになることも 正直 あります。
更には 休んだこともあります
でも
そんなときは なんか すっきりしないです
仕事が 立て込んだときは
昼間の礼拝でなく 夕べの礼拝に行くこともありますよ。
信仰の道は 特急でなくていいので
たんたんと継続してくださいね。。。。
洗礼は信仰のゴールではなくてスタートだと よく言われますが
ほんとにそうですからね。

にゃんこさんの 洗礼を受けた報告を 楽しみにしています。

それから
洗礼を受けた その日は にゃんこさんの もう一つの 誕生日ですからね。

 

洗礼

 投稿者:にゃんこ  投稿日:2012年 3月31日(土)22時48分23秒
返信・引用
  ここで話したかどうかわかりませんが、
四月に洗礼を受ける事にしました。
そう決めてから時々変な言葉が頭にめぐるようになってしまう事があります。

今日も、明日の朝礼拝に行きたくないな、
面倒だなと思ってしまいました。

すぐにお祈りをしましたが、
その重たい気持ちが軽くなる事はありませんでした。

明日の朝、何事もなく行けるといいのですが...

 

こちらこそ。。。。

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 3月31日(土)16時07分57秒
返信・引用
  にゃんこさん
こちらこそ いつも 立ち寄ってくださり 感謝しています。
とにかく
ネットである以上 聞くことしか 出来ないのですが
それが 少しでもお役に立てば 幸いですし
おりおりに
私の場合 自分の立場と 照らし合わせていたりもして
お話の中で
私のほうこそ 色々 学べることも 多々 ありますよ。
そうなんだ。。。
こんなときは そのように考えたり 受け止めたりするんだってね。
私の場合
特に 妻と結婚したことで
障害のある家族の気持ちを共感することができるようになりました。
また
私の実の妹の娘も
ろうの 障害がありまして
意思伝達が 十分出来なくて ストレスに拠り
感情の起伏が激しいのですよ。
そんな娘を持つ 私の妹も
世間からの冷たい仕打ちを受けていることを 嘆いておりました。
 

ありがとうございます

 投稿者:にゃんこ  投稿日:2012年 3月28日(水)23時30分56秒
返信・引用
  ヨハネの洋ちゃん、ゆきこさんありがとうございます。
書き込みをした後で状況が少しかわりました。
私は書いた時誰かに私の気持ちを知ってほしいと思いました。
聞いてくださり感謝します。
どれだけ心が救われたかわかりません。

 

そのとおりですね(アーメンです)

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 3月26日(月)21時24分48秒
返信・引用
  ゆきこさん こんばんわ。。。。
つい 信仰の お話し中心にしてしまいまして 申し訳ありません
キリスト教信仰が あろうが 無かろうが
共感するところって 多々 ありますよね
変な話
私は クリスチャンでは有りますが
特に
仏教や 禅の教えなどの中にも 実に 心に響く教えも ありますので
時々
そのほうの本も ちらりと 読むことがあるのですよ。。。。
他の宗教を 知ることが
今の信仰を より 理解できるものとする時が ありますからね
それが証拠に
著名な牧師様ほど 他の信仰のことにも 理解がありものです
ただ 核となる真理は 決して 譲ることは 出来ませんがね
キリスト教を 知ろうとするとき
新約聖書に(聖書は大きく分けて 新約聖書と旧約聖書があるのですよ)
イエス様が この世に こられたのは
健康な人のためにではなく
むしろ 病の中にある人のためにこられたと ありまして
これは すでに 信仰を持っている人のためより
未だに 信仰のお話しを聞くチャンスが無くて
さまよっている人たちのためにこそ
来られたと いうべきところが ありまして
私は
特に その箇所が なぜか 好きなんですよ。
それから
キリスト教では
そのとおりですね というのは アーメンと言うのですよ。
だから
ゆき子さんの書き込みに *アーメン*です。(*^_^*)ははははは
 

試練って

 投稿者:ゆきこ  投稿日:2012年 3月26日(月)15時51分13秒
返信・引用
  洋チャンさまの、コメントには、クリスチャンではないわたしにも、
言葉の意味が、伝わってきます。
ありがとうございます。
皆、それぞれに、宿命とか、試練を受けて、いかにして、
人には、わかってもらえぬ苦しみを、乗り越えて生きていけるか・・
本当に、試されているように、感じます。
そして、すごく、苦しかったことが、後になって、此れで、わたしは、一歩成長したというか、経験がつめたんだと、感じ、勇気がわいてきます。
私も、母には、本当に、いろんな、重いをさせられましたが、
母に頼らないで、施設に預けたり、障害者の訓練会に入ることによって、
親同士の励ましの中で、今日ここまで、娘と共に、生きてくることが出来ました。
そして、母も、兄夫婦や、まだ、元気だった弟夫婦と、ひとついえに暮らし、孫四人を見ているとき、兄嫁さんが、難聴のため、赤ちゃんが、癲癇の発作を、お越し、検査入院のとき、兄嫁さんの、耳として、一緒に、入院して、
変わり万古に、赤ちゃんをオブって、病院の中を歩いたりしているとき、初めて「ああ、ゆきこは、ひとりで、あっこをがんばって育てているんだ、うちのお嫁さんたちには、わたしが、手伝ってやれるのに」と、心のそこから、感じたそうです。
母から、後で、しみじみと、話を聞いたとき、
わたしの心の中で、何か、こだわっていたものが、解けていったことを、思い出しました。
洋チャン様の、言葉をかみ締めながら、にゃんこさまの、ことを思います。
いつか、少し筒、楽になっていきますように。
 

今 思えば。。。。

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 3月26日(月)15時33分50秒
返信・引用
  下記に
わたしの家族の 恥ずかしいことを あえて 書きましたが
今 思うとき
これらのことを通して
信仰の道に 深く 導かれることに なりました。
神様って このように
後になってみたら
私のためになっていたということも ありました。
また
沖縄への 移住の 決心も
このことゆえに
新しい土地で
なににも とらわられないで
新しく 生きなさいと いうことなのかなって 思います。
だから
いろいろな試練も 苦しみも そこを通った後に
主の最善が 用意してありました
なにかしら 全てに 意味が あったように 思います。
 

こんにちわ。。。。

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 3月25日(日)19時34分19秒
返信・引用 編集済
  にゃんこさん☆ ゆきこさん☆ こんにちわ。。。。。


にゃんこさん
下記の書き込み 拝読いたしました
お母様との確執に 悩まれて いるのですね
これって
それぞれに それなりの 事情が ありますから
へんに 軽率な事は 言えないので
この場合
私の 例を あげてみますね

私の場合
にゃんこさんと違って
父との 確執が 現在も 尾を引いています
私は
兄弟4人いまして 男性は 私一人です
長女/ 私/ 妹/ 妹 です
そのためか
母は
私に 長男として たくさんの期待を かけていたようです
私自身は
やや これが 重荷でもありましたが
正直
兄弟の中で やはり 母に 可愛がられたほうかも しれません
それが 気に障ったのか 腹が立つのか
父は あてつけのように
姉ばかりを 可愛がるように なりまして
なにかあるたびに
公然と 姉と私を比較したり 姉のえこひいきを していました
また
ありとあらゆるところで
父は 意識的に 私の排除をしたりしていました
このように
私は父から このように 差別的な 対応を 取られるように なりました。
こんな状況を 他の人に 話したとしても
被害妄想を 持ちすぎよという方も おられまして
このような事例は
到底 他の人に 理解していただけないものだと 思うようにもなりましたし
それゆえに
極力
この話しは 意識的に あえて しないようにしています。

人って 特に 多感な時に
好かれていないなって 本能的に わかると
そのことで
相手を 避けるようになりますし
対応も 不自然な事をしてしまいますよね
そんなわけで
私が 社会人になる頃には
決定的に 父とは 対立状態と なりました。
一般に
父と息子は 同じ男性として
ある年齢から ライバルとして しのぎを削るとか いいますが
私の家の場合は
そんなレベルを はるかに 超えていました。
また
母が 末期の癌となり 入院した時
母の状態より 入院費のことばかりに 気をもんだり
まだ 母が生きているのに
母のわかるところで 母が死んだ状態の準備をしたり
家の財産を 母のものまで 勝手に 自分の名義にしたり
果ては
母が 入院中
自分の 身の回りの世話をしてほしいといって
母の妹(おば)を 家の中に 住まわせたりと
ほんとに 私にとって
なんとも 許しがたいことを 次から次へと していました
そして
余命宣告を受けていた母も 病院で 息を引き取りました
その時には
父は
その おばと あたかも 夫婦のように すでに 暮らしていまして
あきれるばかりでした
その上に こともあろうに おばは
母の 片身の品々を 勝手に 自分のものに していました
私は 長男として
当然 父に 何度も 苦言を 呈しました
しかし
父は 私のことを すでに 肉親としては 思っていなくて
私を 遠ざけていました
そして
家の お金を 好き放題 その おばのために使っていました
私には 何も残さないと はっきり 言い切られました
私は クリスチャンです
聖書の中に
詳しくは 旧約聖書の中の モーセの十戒に
*父母を敬え*と ありますが
私は 現在に 至っても
この箇所だけは 守れません
このことを ある信仰の先輩に 話したところ
こんなアドバイスを してくださいました
お父さんを あなたが 憎む気持ちは 良くわかります
しかし
その お父さんも 神様が 造られたのですよね
お父さんを
愛せないなら 尊敬できないなら
今 無理に そうする必要は ありません
ただ
あなたは その存在だけは 認めてあげなさいと 言われて
そのように 思考回路を もって行くようにしました
長い時間が かかって
なんとなく そのように 思えるようには なってきましたが
はっきりいって
今でも まだ 心のそこから 父を 愛せません
ただ
その存在は 認めるように 意識して しました。
私の 信仰生活の中で
聖書の中の聖句で
父母を 敬うことの大切さを 説いている箇所に 出会いますと
今でも このことに 苦しんでいるのが 私の現状です
そして
そのことを 祈りの中で 主にいつも 赦しを願っています
それから
現在も 父との関係は 一切ありません 全く有りません
だから
御両親と 仲のいい人達を 見るにつけ とても 羨ましくなります。

聖書は
人のできないことを 書いてあるといいます
もし 仮に 全てを できたとしたら
それは 神になってしまうと いわれます

たとえ
聖書に書いてあることが もし 出来なくとも
そこに 近づくように生きなさいと いうことなのでしょうね。

信仰によって 愛に生き
イエス様の御性格に 少しでも 近づきなさい と言うことを
聖書には 語られています
それは
私の これからの 課題なんだと 思います
人は弱い者 欠けた存在 といいます
欠点ばかりの私ですが
主の前に 砕かれた心をもって
悔い改める 日々であります

にゃんこさん
私もこのような現状です
共に
この同じ課題に対して 主と共に 乗り越えましょうね。
そして
にゃんこさん
私のことも覚えてくださり 祈ってて くださいね。
もちろん
私も
にゃんこさんに
主の最善が 用意されることを 祈ります。

私のことを 例にしましたが
少しでも 参考になればと思い
私の胸の中にある 恥ずかしいことを 正直に 書いてみました。


追伸

今 私は 肉親と思えるのは 妻と妻の家族だけです
それに
血のつながりは無くとも このサイトで交流のある兄弟姉妹だけです。

 

にゃんこさまへ。

 投稿者:ゆきこ  投稿日:2012年 3月23日(金)19時34分29秒
返信・引用
  洋チャンさまより、先に、書いてすみません。
お母様の、性格で、とても、苦労をなさり、今でも、つづいているのですね。
我慢が出来なくなっているのは、わかりますよ。
私の場合、
母は、兄、弟の真中で、男そのままで、活発で、おてんばで、しかも、兄、弟に比べ、
勉強が出来なかったわたしを、
非常にいやがり、
よそのおんなのこと、くらべたり、ほんとうにつらい重いをしてきました。
ありのままの、娘をどうして、愛背ないのか、子供心に、辛かったです。
でも、父、兄、弟が、そんなわたしを心から愛し、相撲をとったり、プロレスをしたり、それが、あったので、ひねくれなくて、すんだんですね。
娘が知的障害で、自閉がひどく、
主人の母が亡くなって、田舎に行かねばならないとき、両親の泊まってもらって、葬儀に行って、帰ってきてから、
母に、冷たく、言われました。
「この子は、本を読んでやっても、聞いていないし、動き回っているし、
もう、わたしは、見れないから、今度は、施設に預けなさい」「まーちゃんはいいよ。いい子宝ね」マーチャント言うのは、健康な長男です。
健康な孫が、預かるのが、楽なのは、当然です。
同じ、孫なのに、なぜ、障害をもった孫を差別するのか、私は、悲しくて、悲しくて、
涙が止まりませんでした。30年以上経った今でも、
思い出すと、かなしいですね。
でも、その、母の一言で、それからは、施設に、あずけられるようになったのですから、
今、考えてみれば、真実に、目覚めさせてくれた愛の鞭なのかと、思います。その、母も、92歳。
穏やかになり、兄夫婦や、なくなった弟のお嫁さんと、暮らし、大事にしていただいています。
にゃんこさま。
今は、苦しくても、年月が、変えていくと思います。
わたしの、コメントは、あなたの、お役にたてないかと、おもいますが、
ごめんなさいね。
 

母の事

 投稿者:にゃんこ  投稿日:2012年 3月22日(木)22時18分25秒
返信・引用
  ヨハネの洋ちゃん、いつも書き込みさせて頂きありがとうございます。
また母とトラブルがありました。
私は長年母に対して、ずっと我慢している事がありました。
今日、母に言いました所、激怒して電話を切られました。

私は結婚をしていますので、母とは別々に生活していますが、
養父が脳梗塞で倒れてから身体障害者なので、時々病院へ連れて行かなければなりません。
病院へ行く時、別居している母も来るのでその時や、
私の子供達と夏休み、冬休みなどの時にみんなで外食したりします。

我慢している事といいますのは、何処で食べるかを決める再に
母の行きたい所を察してそこにしなければならないという事です。
主人にも母は行きたい所を聞きますが、
正直に話してこちらの行きたい所へ行った場合、
そこが母の気持ちに反していたら最後。
食べ終わった後に散々文句を言われます。

そのように言われるのが嫌なので、何年もいや子供の頃からずっとかもしれません。
ずっと我慢して母の行きたい所を察して行って来ました。

なので、その事を今日母に言いましたら、
ひどく激怒してこちらが言い終わらないうちに、
言いたい事の半分も言わないうちに電話を切られてしまいました。

話して相手が変わる事を望んでいる気持ちもあるのかもしれません。
ですが、その母のわがままで
父も私も、主人も、私の子供達全てが母の言いなりだという事を伝えなければいけないと
思ったのです。

だから言ってしまいました。

母は私に過去にどんなにひどい事をしてきたとしても、
やはり、母にかわりはないわけです。

今もどんなに私に迷惑をかけても、わがままに過ごしても
どんな母もわたしにとっては一人の母です。

神様は両親を大切にするように言われます。

どんなに許そうとしても母は次々に問題を起こして
私を苦しめ、何度も裁いてきた自分を神様に話し、何度も神様に
許してもらってきています。

正直疲れているというのが、本音です。

私にとってここは私の本音が話せる場所です。

もう、何もかも我慢ばかりしている事にほとほと疲れてしまったんです。

母の言いなりになる事、
母のお人形になる事、
母のコントロールになる事、
もう、切なくて辛くて苦しいんです。
私は母の呪縛から解放され、自由に生きたいのです。

どうか誰か聞いてください。
私の本当の心を聞いてください。


いつも
ありがとうございます。



 

親を失った子供への思い

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 3月16日(金)15時55分44秒
返信・引用
  ゆきこさん こんにちわ。。。
下記の 書き込みを拝読して
痛切に 同じ 思いで 感じることが あります
それは
東北大震災の 特別番組にて
津波によって ご両親 兄弟を いっぺんに失った 幼い子供さんのことです。
テレビで そのことを 報道されていましたが
ご両親は 津波にのまれ まさに その命を 絶たれようとするとき
そんな状況の中でも
子供のことを案じて ほんとに 無念だったと 思います。
親とは
子供のことを どんな状況の中でも 心配しますし
守ろうとしますよね
このケースの場合
幸いにも 幼い女の子は 生き延びましたが
お父さん お母さん お兄ちゃんを 津波で 失い
結局
家族の中で 生き延びたのは
この子だけと 言うことになります。
その後
この幼い女の子は 祖父母に 引き取られることになり
祖父母の下で 成長していきました。
おばあちゃんは この幼い女の子を 予想外に ひきとることになって
おばあちゃんの言葉で 後10年くらいしか 私は 生きられないと思ったけど
この孫のために
後15年は 生きないといけない いや できるなら 20年生きたいと
気丈に 振舞われていました
その姿を テレビで見るとき
ほんとに ずーーーんと 重いものを そして 希望を 感じました
この祖父母が
まだまだ この子のために 死ねないと 言われた言葉が
なんか 心に 響きました
人って
今 死んでられないと思うとき 目標が嫁せられたとき
命の火が 再び メラメラと燃え上がるのだなと そのとき 感じました。
この子のために 死んだ 御両親に成り代わって 立派に成長するのを
見届けてから 死のうと 思うのでしょうね。。。。
こんなときは
なにかしら 人間の力を超えた 大きな存在を 感じます。
それは
神様の働きといっても いいと 思います。
また
この子の 兄弟である お兄ちゃんも 津波で 失いましたが
その お兄ちゃんの分まで 生きてほしいと 思いましたし
成長したら
そのことは 言わないでも そのように 感じるのでしょうね。
幸いにも
優しい 祖父母に恵まれた この幼い女の子
テレビの中では 元気に 育っていましたよ。
この女の子は 障害こそありませんでしたが
この津波による 心の傷は
ずっと この子の 重い十字架でも あるのでしょうが
イエス様は
その 重い十字架を 共に 背負ってくださり
共に 歩んでくださると 思いますし
癒してくださると 堅く 信じました。

ゆき子さんの できることは
ゆき子さんの 子供さんの 行く末のために
今から
お友達や 心の支えとなる人たちを 作ってあげとくことかも しれませんね。
これも 障害のある子供さんを持つ親の 使命のようにも 思えます
それから
たとえ 健常者の子供の親とて
その子の一生を 見守ることなど 出来ません
一般に 自然であるなら
親のほうが 先に 召されていくものです
だから
その後のことを あまりに 考えると
今を 明るく 生きられなくなります
そんな中でも
親は
自分が召された後の 不憫な子供の道筋を
親心として 何とか 用意しておこうと 思いますが
先にも 書いたように
障害のあるなしにかかわらず
親は
子供の一生を 見届けられないものなのです
なんか 冷淡なようですが そう思いますし
そう思うとき
ふっきれて 今を 生きようとできるのだと おもいます
その中から
不憫な子であるなら なおのこと その子のためにも
いい友達 いい仲間を 支えと なってくれる人を
いろいろ 交流して 作って あげたらいいですね。
なんか そう思いました。 
 

心配性をやめないと。

 投稿者:ゆきこ  投稿日:2012年 3月15日(木)14時31分55秒
返信・引用
  ヨハネの、洋チャンさま。皆様。
おひさしぶりです。
娘の作業所で、一緒に働き、グループホームでも、一緒の、Y君という、今月50歳を向かえる男性がいます。
彼は、知的障害だけなので、娘のような、自閉症とちがい、おだやかで、
やさしい、男性で、
職員さんの代わりに、皆の世話をしたりするので、
職員さんたちからも、頼りにされている男性で、わたしも、とても、彼が好きです。
その、彼のお母さんが、去年の2月に、脳出血で、急死されたとき、お通や、告別式で、目を真っ赤に泣き腫らしながら、唇を震わせながら、
立派に、出席している姿に、わたしたち、親は、全員、号泣したものです。
本当に、悲しいものでした。
その、Y君も、少し筒、あきらめてきて、{俺のお母さんは、天国に言ったんだよ」と、口にだすようになり、
グループホームから、作業所に通ってきます、土曜日に、妹さんが、迎えにきて、妹さんの、おうちに一泊し、
日曜日に、グループホームに帰ってきますが、先週は、妹さんの、事情で、
いえに帰れず、グループホームに、づっとしたとき、月曜日に、私と、会ったとき、
いつもは、笑顔で、手を振る彼が、悲しそうに寂しそうに、わたしをみつめているのが、かわいそうで、かわいそうで、
胸が、かきむしられル思いでした。
親は、子供より、先に行くことが、決定しているようなものですが、
つらいです。
それでも、わたしたちの子供は、辛い、悲しい思いをしながらも、多くの人のお世話になりながら、生きていくのですね。
本当に、一年でも、長く生きてやりたいと、思いました。
長くかきこんで、ごめんなさいね。
 

良い時も、悪い時も、

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 3月13日(火)23時38分27秒
返信・引用
  皆さん こんばんわ

人生と言うか 生きてますと 色々な事が 身の回りで起こります
そんな時
人って 勝手なもので
当座 良い事ばかりを 当然のように 願い求めて 生きますよね
特に
クリスチャンともなると それは とても 強くなります。
私は 神様のほうを向いているのであるから
いつも 良い事ばかりを 与えられるってね
それは 本当かも知れませんが
神様は愛する者に むちを打たれるのも 真実ですよね
愛すればこそです。
ただ
私共は 聖書の中の教えによって
どんな 良い時も 悪いときも いつも感謝する姿勢は 求められていますよね
しかしながら
人生の中で
神様が 私たちにとって
良い方向に 働いてくださる時ばかりでは ありません
時には 苦難を 与えられることも ありますよね
そんな時 私たちは
喜びも 悲しみも また 良い事も 悪いことも
神様が 私たちに 与えてくださっていると いうことを
知らなければ いけないと 思います。
良い事ばかりではなく
何かしら 意味があり 鞭打たれる時も あると いうことですね
人の思いでは
不条理に思えることも 悪く思えることも
神様の思いからは なにか 意味が あってのことと 思います。
そこに 最善を用意するために
その苦しみを 悲しみを 通るように なっているのかも しれませんね。
信仰によって
私たちは それらが 理解できるように なりますよね。
ただ
一般には
悲しみや 苦しみが 意味わからずに 押し寄せてきたら 納得できませんよね。
そして
それは 人の 自然な思いだと 思います。。。。
信仰 それは
神様の はかり知れない思いや
最善を 確信し 期待することだよね。
介護の仕事を終え
アパートの中で 疲れて こっくりしながら ぼーっとしながら
なんか 支離滅裂に そんなことを 考えて いました。。。。
 

3月11日の東北大震災の特別番組と 鎮魂の祈り

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 3月12日(月)11時27分42秒
返信・引用 編集済
  今日は
3月11日ということもあり
東北大震災から 一年を 迎えたということで
マスコミ各局は
追悼番組 一色でしたね。
あらためて
当時のことを思うと
ほんとに 凄い災害と 人災が 起こったのだと 感じました。
震災だけでも 大規模で 亡くなられた方 被災された方が 膨大な数に
なってしまったのに
その上に
追い討ちをかけるように 原発の事故というか 人災が 重なり
とんでもないことに なってしまいました
漏れ出た 放射線のために
非難する人や
立ち入り禁止区域までできて 未曾有の空前の 大惨事と なりましたよね
こんななかで
悲しいことも ほんとに 山のように 沢山ありましたが
一方で
自衛隊の皆さん
アメリカ軍の皆さん
各国からの救援隊
ボランティアの皆さん
志を持って参加された民間の救援隊
などが この大惨事に
駆けつけてきてくれまして
心温まる 救出劇や 交流も ありました。
この厳しい中 寒い中で
救援活動されていた方たちに 感謝と 言うほかは ありませんよね。
また
ほんの少しのことで 生死を わけたケースも あったようで
なにか 怖さと共に 不思議さえ 感じました。。。。。
自然の力の 凄さ 力を このように見せられますと
ちっぽけな人間と その文化は ひとたまりも 無いですよね。
使い古されたような 言葉ではありますが
自然の猛威の前に 人間の小ささを これでもかと 見せ付けられましたし
自然は 私たちに沢山の恵みを享受してくれますが
ひとたび 荒れ狂うと
このように あらゆる物を
そして
人の人生までも
飲み込んでしまう ものなんですよね。
そして
生き残った人にも
深い 心の傷を 与えていますよね。
なんか このことを通して
私は こうして 妻と 暮らせているだけのことに
大きな 幸せすら 感じるように なりましたよ。
この大惨事は
このように
私に あらゆる 価値観の 変化や
失って 初めて
その 大切さに 気がつくことが あるということも
教えて くれました
それは 特に 下記によるものです


ある被災された方が 言っておられました

「なんでもない日常が こんなに 大切なものだったとは
このような目にあって はじめて 気がつきました」と。。。。。

「生きているときは なんとも感じなかった人が
亡くなって はじめて その人がどれだけ大切な人かわかりました」と

これらは
時々 折に付けて 聞ける言葉ですが
しかし
ほんとに この言葉は *真実*ですよね
そして
被災された方の言葉ゆえに
重く 説得力が 何倍にも増して 聞けました。





 

祈りの部屋

 投稿者:ヨハネの洋チャンメール  投稿日:2012年 3月 3日(土)23時55分58秒
返信・引用
  皆さんの お祈りを 自由に 書き込んでください。

祈りの部屋
http://8626.teacup.com/yohane/bbs
 

こんばんわ。。。。

 投稿者:ヨハネの洋チャンメール  投稿日:2012年 3月 1日(木)21時55分46秒
返信・引用 編集済
  アマリリスさん ゆきこさん  こんばんわ。。。。。
下記の書き込み 拝見いたしました
アマリリスさん ゆきこさん 双方共に
いろいろな苦労をされていることを
改めて感じています。
私は 私を含め
障害のある家族を お持ちの方の
特効薬的な 解決は 無いにしても
こうして
共に その おかれた立場の 苦しさを お話しするだけでも
いくらか 精神的に 落ち着けるのではないかと 思いました。
毎日の世話や 介護に 撲殺されていますと
疲れ果てて 追い詰められて いきますからね
だから
共に 心の底から 話せる機会が あることが
結局
その現実に立ち向かう 源となれますよね パワーとなれますよね
同じような 苦しみのある方とだったら 共感できることが 多いからです。

妻の実家では
妻の すぐしたの知的障害のある弟も
乱暴な口の聴き方をしたり 暴れたりしますが
その下の
全盲&知的障害という二重障害の ある弟のことが より 問題で
中途失明の全盲であるために
夜中で あろうが ストレスが 溜まると
発狂して 暴れたり 家の中の あらゆる物を 壊すことがあり
特に義母は このような 状態の中で
衰弱することも ありますし
このようなときには
特に 母親であったとしても 女性であるため
たとえ
我が子のやっていることとはいえ それに 恐れを 持っています
それでも
この障害のある 二人の弟の 色々な 福祉関係の 手続きをしたり
会計面を 携わっておられ
ほんとに良く頑張っておられると 思いますが
歳も とっておられますから
この義母になにかありますと
私の妻しか かわって 処理できる人が いないのです
かといって 義父は
下記に書いたような人ですから そうそうに 頼れません
だから
なにかあると
結局
この弟達の 後見人として
妻が それを することと なると 思います
ただ
妻には 私は このように 話しています
障害のある弟二人の 人生を 背負えるか? と。。。。。
いくら不憫でも
私達 夫婦の生活も 有ります
また
二人の弟達の一生を 背負える力も ありません
だから
面倒を 見るのもいいけど
距離感は 保って 接するようにしないと
私達夫婦も つぶれていくことに なるからね
先ず
私達夫婦が しっかり 足元を かためてこそ
障害のある弟二人に 関われんだと そのように 話しています。
私なりの 考えですが
それが 一番いいことだと 思っております。
こうしながら
障害のある 弟二人の 行く末に 関わって いきたいと 思っています。
私も 私で 来年の11月で 60歳になります
私自身の 歩むべき道も 模索しています
長崎県の 壱岐の島から 沖縄本島に
沖縄の女性である妻と 一緒になるために 移住してきました
そして はや 5年になります
共に
中年で 結婚し
この沖縄で 経済的には 困窮しながら
いっぱい いっぱいで 生活をしています
そんな中でも
漫然と ただ生活をするのではなくて
何か 生きる目的を
そして
誰かのために 役立つことを してみたいと 思うように なりました。
それで
いつか この地に ささやかな土地と
小さな中古のプレハブでも買って
沖縄本島で
みんなと 交流できる場所を 設けるのが 夢なんですよ
当分
実現しそうにありませんけども
この掲示板で 話しているようなことや
各自の問題や悩みを
共に話せる場を もうけるのが 夢なんです。
私達夫婦は 貧乏ですが
なんかね
この夢に こだわって いるのですよ。
話しは 変な方向に 行きましたね
アマリリスさん ゆきこさん
共に
この試練を 支えあって 乗り越えていきましょうね。
そして
いつでも ここに 話しに来てくださいね。

そして お互いのことを 祈りましょうね。

 

よかったです。

 投稿者:ゆきこ  投稿日:2012年 2月29日(水)07時41分50秒
返信・引用
  アマリリスさま。
おはようございます。
今日も、洋チャンさまより、先レスすみません。
すごく、うれしかったものですから・・・
わたしの兄は、幸い知的には障害は残りませんでしたが、
聴力を、失ったことで{小学校4年生までは、健康そのものでした}
荒れていた時期も、ありましたが、母が聾学校に、入れて、お友達を作ったことが、幸いして、明るい性格が、花を開き、
わたしと、弟も、兄のお友達から、手話を、教わったり、筆談を
したり、楽しく過ごしました。
そういう点で、母は、偉いなと、尊敬しています。
聾学校卒業後、兄は、母と二人で、職を探し、製薬会社の、
検品係りとして、就職、
定年まで、勤められました。
結婚も、母が結婚相談所で、補聴器で、かろうじて、聞こえる
お嫁さんを見つけ、子供たちも、親孝行な、子供になっていますよ。
お兄さんの、後見人になっていること。
責任は、重いですね。
どうか、押しつぶされないように、生きてください。
わたしが、娘の為に、どうやったら、この、扱いにくい子どもと、うまく、やれるか、図書館で見つけ、あんまり、よかったので、
購入し、バイブルにしている本がありますので、紹介しますね。
{アスペルガー症候群の子育て200のヒント}。。東京書籍・・
「03-5390-7531〉営業の電話番号です。
洋チャンさまご夫妻や、アマリリスさんと、お友達になれて、心から、幸せを感じています。
これからも、喜び、悲しみを正直に話しましょう。
こちらこそ、ありがとうございます。
 

少し冷静さを取り戻しました

 投稿者:アマリリスメール  投稿日:2012年 2月29日(水)02時49分24秒
返信・引用
  ゆきこさん、洋チャンさん温かい心のこもったお言葉を拝読させていただきました。
お返事がおそくなってしまい申し訳ありません。
ゆきこさん、洋チャンさんもご家族に障害をもっておられるとの事で、、、その中でも、できることを懸命に心を尽くされていらっしゃるお姿、、、
なんで自分だけ、自分ばかり子供に、、、と嘆いてパニックになっていた自分を恥じています。

感情的にな思いをこちらに入れさせて頂いた翌日、がらんとした部屋に一人、取り残されたような思いで、虚無感でいっぱいになりました。
蚊の鳴くような声で、夫や子供への自分の高慢な姿をやっと告白し祈りました。

ゆきこさん、お祈りありがとうございます。おじょうさんと様々なご苦労をとおってこられたんですね、、、特別支援学級での貴重な経験を伺えましたこと、感謝です。
お兄さんも立派です。結婚されてご家族を持たれてるんですね。。。
私の兄は軽度の知的障害がありますが、仕事につくことができ、まじめに働いています。ただ、家や、金銭の複雑な管理が難しく、兄の将来の事を私に託されていることもあり、子供のことと、時々、追い詰められるような思いに陥ってしまうことがあります。
先日はそういうストレスがパニックになってしまいました。
でも、ゆきこさんの貴重な経験をお伺いして、私に必要な励ましを頂いたこと、この機会が与えられたことを、神様に感謝しました。
今、アスペルガーや自閉症の親の会をあたり、入会しようか検討しています。また、兄のことも、何か参考になることがないか、合間合間であたってみようかと思い、ネットで調べています。こどもの事は「ペアレントレーニング」というものを知り、本を読み、障害を持つ子供とのかかわりについて勉強したいと思いました。

少しずつやってみたいと思います。

洋チャンさん、お祈りありがとうございます。
洋チャンさんと奥様の実家のご家族のこと、お祈りさせて頂きます。
本当に、障害を抱える当人はもちろん、支える家族の精神疲労はさらに大変ですよね。
今は落ち着いたのですが、私が中学から高校にかけて、母が精神をひどく病み、病院の入退院を何度も繰り返しました。究極的な事件は、農薬で自殺未遂をしたことです。
すぐに救急車で運ばれ、、大事に至りませんでしたが、、本当に気の抜けない日々でした。
あの頃のことを思えば、今、こうして神様に出会わせて頂いて、主人と結婚できたことは、
神様のどんなに深い恵みか、、、何をぼやいてしまう者か、、、ですよね、、、
あれから、夫も夫なりに少しずつ、ゴミ捨てや、洗濯を干してくれたり手伝ってくれるようになりました。まだ、一緒に祈る時間が持てないのですが、その日の聖書箇所をを読んだ後、やさしく気遣ってくれることを気づかされました。(聖書を開き祈っている場を目にさせられる機会が何度かあり)
私自身の完璧主義的な態度を神様の前に意識させていただいて、おろしていこうと思います。ほんとにまだまだこれからの夫婦の成長期ですが、、、また、夫のしてくれたこと、うれしかった事、気づいたとき、まず言葉にだして感謝を伝えていこうと思います。

すみません、こどもじみた表現しかできず、、、
とにかく、自分よがりから自分だけでないこと、をこの談話室で教えていただき、この場はほんとうにオアシスです。

次回は、素直な分かち合いでおじゃましたいと思います。
ゆきこさんや洋チャンさん ありがとうございます。

 

イエスの愛で♪   掲示板の御案内

 投稿者:ヨハネの洋チャンメール  投稿日:2012年 2月26日(日)21時30分24秒
返信・引用
  【このサイトの 談話室と掲示板の御案内】

★★平和と平安のオアシス掲示板 ☆(メイン談話室)☆
http://8629.teacup.com/yohane/bbs
この サイトの中心となる 主力掲示板です。

★★カトリックの風と香り (補助メイン談話室)
http://8904.teacup.com/wave/bbs
この掲示板は カトリックの信徒様専用の 掲示板です。

★Hallelujah! ☆沖縄 Net Church☆ 交流掲示板
http://8725.teacup.com/joy/bbs
管理人の 「ヨハネの洋チャン」と その妻の 「一粒の麦」が
移住して 現在 住んでいる 沖縄発の フリートーク掲示板 です。

★ハレルヤ壱岐 Net Church 交流掲示板
http://wind.ap.teacup.com/lord/
管理人の故郷 「壱岐の島」への思いを込めた 掲示板で
ここも フリートーク掲示板でもあります。

★「心」の談話室
http://6317.teacup.com/yohane/bbs
ー人生は 山あり 谷あり ですよねー
いろいろな 問題 悲しみ 苦しみ 不安 など
それらを ここに 書き込んで ください。


★討論 議論 専用談話室
http://8009.teacup.com/yohane/bbs
ここは 皆さんの 発展的な 討論と議論の為の 談話室 です。


★ーBBS ー(談話室)
なんでも 話せる フリートーク談話室 です。
NO.1
http://6306.teacup.com/yohane/bbs
猫背の狸さん 専用掲示板

NO.2
http://8920.teacup.com/bell/bbs

★ペットの掲示板
http://8827.teacup.com/yon/bbs
皆さんの 御自慢の ペットの 紹介の 掲示板です

★ネット花壇
http://6611.teacup.com/yochan/bbs
園芸専用の 談話室 です

★毎日の「料理」の掲示板
http://6530.teacup.com/kokoro/bbs
毎日の料理の紹介 調理の仕方 新作料理の ご紹介に使ってください。

★譲る&譲ってほしい やりとり掲示板(リサイクル)
http://6328.teacup.com/kengoo/bbs
各自の 自己責任において 誠実に、やり取り してください。

★独り言 の 部屋
http://8813.teacup.com/bell/bbs
人に 話せないこと もやもやを ここに ぶつけてください。

★伝言板
http://8827.teacup.com/sky/bbs
皆さんの 色々な 宣伝 伝言 御紹介 などに 使ってください。

★はじめまして
http://6721.teacup.com/yoochan/bbs
独身のクリスチャンの皆様が 助け手を 求める 交流の場として
自己責任において 誠実に 用いてください。

 

おはようございます。

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 2月25日(土)10時47分19秒
返信・引用 編集済
  アマリリスさん ゆきこさん おはようございます。

今朝 この掲示板を 拝見いたしましたので レスさせてくださいね。

アマリリスさんの 書き込みを読んで
あたかも
私の妻の実家の義父のことと オーバーラップしているようでした。

私の 妻の実の 弟三人は
一人が知的障害
もう一人が
視覚の二重障害をもち
一番下の弟は 健常者ですが
障害者の家庭の中で育ち
精神的に不安定でお酒で それをおさえ手いますが 乱暴なところがあります。
このような 妻の兄弟を
妻のお母さんは
高齢の身で 身を削りながら 世話をしています。。。。。。
ほんとに 大変であることは 誰が 見ても わかります
だから
もちろん 私たちも
妻の実家まで 高速道路で1時間以上かかりますが
出来る限り行って お掃除や 買い物などの 手伝いを するようにしています
だけども
妻のお父さんは
そんな中でも あまり 協力的ではなくて
どちらかといいますと
自分のことばかりをしたり 関わろうと 致しません
そんな妻のお父さんと 妻の母は 当然 ぶつかり合いも有ります
深刻な内容のある ぶつかり合いも 繰り返しているようです
お父さんは
家の中の 現実から 少し逃避して
自分の精神状態を保っているところが 見えます
けど
妻のお母さんの 大変さを思うとき
正直言いますと
もっと 自分中心でなくて
協力すればいいのにとさえ 思います。
私の妻も
時々 妻の母と共に
妻の父に 共に 思いをはらすがごとくに
聴いていても わっすごい。。。。と 思うような叱責も 致します。
ただ
不思議なのは
そんな関係の中でも しばらくすると
妻のお母さんは
妻のお父さんの性格を 知っているのか いつのまにか 仲良く
ソファーに腰をかけて 共にコーヒーなど飲んでいるから
夫婦って ほんとに 摩訶不思議ですよね。。。。
私も 男でありますが
時々
男でありつつ 男が ほんとに 嫌になる時があります
男の身勝手が 見えるとき 特に そう思います。
私たちは キリストの教えの中にあるもので
その信仰の中で
人は 完全ではないと   完全なのは 神様おひとりであると よくいいます
人は 何かしら欠落した生き物です
人は 弱い生き物です
それは よくわかっていても つい グチもこぼしたくなりますよね
ただ
妻の実家を見ていて 思うことが あります
特に 妻の お母さんです
こんなことを言うのも なんですが
ある面
大雑把なところが 多々 見られる行動を されます
それを
当初 私は だらしが無いと 思っていました
だけども
それは お母さんの生きる術だったのです
厳格な人は 厳格な分 人に 同じ厳格な事を つい求めてしまいます
そして
それが出来ない時
怒りが 腹立たしさが ふつふつと わいてきます
だから
妻の母は
何もしないお父さん
家の中を壊し汚していく兄弟達の中で
精神状態を 唯一 保てるように するには
ある程度の 良い意味での 鈍感さも これはこれで 必要であると 思いました。
障害のある家族をお持ちの家庭は
何かしら 障害のある本人より 世話をしているほうが
疲れ果ててしまい 精神面で 追い詰められますよね
そして
視点は そんなときに限って 内向き なっています
だから
ゆきこさんの 言われてあるように
もし もし可能であるなら
なにか アマリリスさん自体も 外の人たちとの関係を持つことで
気分を 一新させたりすることも 一つの手で あると思います
そして
御主人のことでありますが
こんなことを 言ってはなんですが
人は 生まれ持ったる性格があり
これは ある程度 歳を 取られますと
そうそうに 変わることは ありません
だけども
また一方で
人は 刻々と 歳を 重ねるごとに 変化もしていくことも 事実です

よく
若い人たちが 結婚したかと思うと あっという間に 離婚されますが
お互いの人生の過程のなかで
当然 年齢的変化で おだやかに 変わっていくのですが
それを 待つことが 出来なくて
短期間に 結論を 出そうとされます
その結果
離婚が 多発します
悪いものから 逃れる 放棄することは いとも たやすいことですが
その人を 短期的でなくて 長期の視野から 関係を保つと
あるときに 劇的に 変わってくれることも ありますから
それも 大切に したいですよね。
男とは
ほんとに 厄介な生き物です この私も含めて。。。
プライドばかり高くて 他人の前ではいい顔をしたがるし
お金が無い時もあるがごとくに振舞うし 家庭は顧みようとしないし
無神経な言動はするしと。。。こんな具合ですが
そんな男でも
あるとき あることをきっかけとして
大きく反省する時もあるのですから
アマリリスさん 少しだけ 大目に見てあげてね
それから
御主人は 少なくとも 神様を選ばれた方ですから
それなりの 心は持ってあられると 確信いたします
ただ
今 現在 それが 現実と言う大きな壁によって
本来の心が 出しえていないのだと 思います。

世には
神がいても 神を見ようとさえしない人がいます
子に手を かける人もいます
悪の限りをつくす人もいます
そうしてみると
ご主人様は 少なくとも 神様を 選択された方なのですから
私は 絶望的に考えることは無いと思っています。
かといって
ご主人には
もう少し アマリリスさんの置かれている苦しい立場を
理解するように してほしいと 切に願っています
だから
私は アマリリスさんのことを 祈りの課題に 取り上げてみようと思いました。

特に
私達夫婦は 毎週 午後7時半から 自宅のアパートで ささやかな祈り会を
はじめているので そこでも 祈らせてくださいね。

それから
くじけないで いてくださいね
どんな時も 神様は 傍にいてくださいますから
そして
私共 夫婦も アマリリスさん上に
主の憐れみと慈しみと そして 大きな祝福がありますように
心から 祈っております

また
アマリリスさんが 祈られる時
私の妻の実家のことも 共に 祈っていただければ 幸いであります。

支離滅裂に 思いつくままに 書き込みました
お許しくださいね。




追伸

アマリリスさん ゆきこさん
これからも 色々な事 気軽に書き込んでくださいね。

そうそう
私のプライベートな掲示板もありますから そこも 機会あれば 立ち寄ってくださいね。
http://6327.teacup.com/kengo/bbs

そして
メイン掲示板にも 同じく 気軽に 遊びに来てくださいね。

 

親の会へ

 投稿者:ゆきこ  投稿日:2012年 2月20日(月)21時06分33秒
返信・引用
  アマリリスさま。はじめまして。
ヨハネの、洋ちゃんさまより、先に、レスすみません。
拝見していて、あまりの、苦しいお気持ちに、
居たたまれなくなったからです。
わたしは、クリスチャンではありませんが、祈ることの、大切さ、支えは、
よく、わかっています。
そして、我が子が障害を、もって生まれた辛さも、
ものすごく、わかっているからです。
35歳の娘が、自閉症で、重度の知的障害、癲癇を、持っていることが、わかったのは、2歳のときです。
長男に比べ、なんだか、この子は変だと、親の直感で、判定を受けたのは、2歳でした。
本当に、悲しかったです。
夫も、当時、忙しかったので、ほとんど、協力は得られませんでした。
それでも、小学校で、特別支援級で、多くのお母さんたちと、知り合い、愚痴を聞いてもらい、励ましてもらい、10歳のとき、訓練会にはいってから、
本当に、助かりました。
自分も、必死に、我が子たちの、将来、作業所に入れる為に、お母さんたちと、バザーや、内職で、資金を作る働きをし、
現在にいたります。
お母さんたちとは、20年以上のつきあいになり、
わたしが、親子心中をしなかったのは、お母さんたちの、おかげと思います。
ご主人も、アマリリスさんが、親同士の支えあいを、もって、生き生きと、
がんばる姿をみているうちに、必ず、わかってくれます。その、日はきますよ。
わたしも、兄が、小学4年生のとき、病気で、ステレプトマイシンの、副作用で、両耳の聴力を失い、一級の障害者です。
でも、兄は、同じ、耳の不自由な方と結婚し、
健康な子供二人を持ち、
元気でいます。
希望をもちましょう。
わたしも、祈ります。
 

(無題)

 投稿者:アマリリスメール  投稿日:2012年 2月18日(土)23時21分35秒
返信・引用
  すいません 何度も、
帰ってこないので、先ほど主人に電話したら実家にとまるということでした。
明日、主人は仕事なので、お母さんに教会へ連れて行ってもらうって。。。
当然私が連れて行くつもりだったのに。。。
もう、ほんとわからない。。。私の存在はなんなんでしょうか。。。
すごく悲しくて、、涙がとまりません。
私には自分の家族以外、気の抜ける場所はありません。実家では母が精神病で、兄が知的障害者で父が一人で見ていてくれてる状態で、とても孫のことやらお願いできるどこではないんです。
だから、余計に、主人への怒りと悲しさが募ってしかたありません。

 

主人と分かりあいたい

 投稿者:アマリリスメール  投稿日:2012年 2月18日(土)22時04分6秒
返信・引用
  すみません、祈れず、心が苦しく、愚痴をこぼさせてください。
主人に対して、、、どうしても、なんでって、思ってしまうんです。
子育てにあまり、積極的でない、どちらかというと、私ばかりが接してしつけ、彼も、私が
やっているのを真似する、という感じで、父親としてこう接しようというものがないんです。
外で野球や、サッカーなどの相手をするのも、ほぼ母親の私。彼はサッカー推薦で学校に
行ったほどうまいのに、息子に教えようとしないんです。

仕事がなく休みの日、こちらが起こさなければいつまでも寝ている。
昼近くまで寝て、その後、昼ごはんと、呼ばれてやっとおきてくる。
その後は、だらだらパソコンの前にずっと座ってる。

4歳の一人息子はアスペルガーの疑いで、彼は耳からの情報キャッチが難しく、視覚から伝える事が必要なため、専門の先生にもらったアドバイスを受けて毎日取り組んでいるんですが、生活習慣、着替え、歯磨き、トイレ、片付け、と絵に描いて、できたら絵を裏返す、をやらせています。でも、一つ一つがとにかく時間がかかる、絵をさして声を掛けてもなっかなか動いてくれない、幼稚園にぎりぎり間に合うか間に合わないか、、、毎日が戦いです。
行く直前に、「遊んでいい?」毎朝言います。そのたびに、ついヒステリックになり、
ひどいときには、虐待同然な怒り方をしてしまう私です。。。
ストレスを息子に向けてしまうんです。。
朝食、洗濯、息子の準備と必死にやっているのに、夜勤で時間があるにも限らず、ゴミのひとつも、気に掛けて捨てることをしてくれない主人、、、言えばやってくれるんですが、いわなければ、ほんとに動かない。急いでいる時くらい、なんで自分からやってくれないのか、一緒に暮らしてるのに、どうしてなんだろうって悲しくて、、、
掃除のひとつもほんとにしないんです。年末の掃除だって、結局私一人でやりました。
子供にも示してほしい、父親として、教えてほしいのに、、、そういうと、うるさがって、相手にしないという感じでだまってしゃべろうとしなくなります。
私ばかりがしつけや、いらいらもあり、息子にガミガミいってしまうので、、、何も言わない主人に逃げていきます。私だって、やさしく息子に接してあげたい、、、
食事、洗濯、ゴミ捨て、、なんか、家政婦のようです。
息子には、気持ちが落ち着いたらあやまり、ハグしてもう一度あやまります。

こんなどうしようもない日常の私たちですが、クリスチャンであり、日々の罪を悔い改めながら、過ごしています。ほんとうに主の御顔を汚してしまっている者です。
主人も主人なりに祈っているのですが、家族での祈りのときを持つとか、主人としてのリードがなく、また、こうつぶやいてしまう私自身が一番悔い改めなければならない者なのだと
実感しています。
でも、子供のことをもっと一緒に、一貫性をもって考えてほしいし、一緒に祈りたいんです。
夕方、子供をつれて外出しましたが、まだ帰ってきません。明日は教会に行く日なのに、
どう子供のことを考えているのかわかりません。
ほんとに悲しくて。。。どうしたら主人と分かり合えるのでしょうか。。。

 

わかります。

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 2月15日(水)00時11分30秒
返信・引用
  にゃんこさん ポチさん こんばんわ

証としての 墓なら 私はあっても いいですね
お墓に 執着はありませんが
あえていうなら
この日本の 仏式ばかりの 墓地の中に
ふと 十字架の お墓を見るとき
なにか 深い感銘を 受けることも 事実です
日本で
キリスト教を 選び信仰してますと この世に おいて たくさんの 試練もあります
その方たちが
信仰の道を走り終えて ここに いると思うと なにか励まされます。
それは
お墓によって キリストの信仰を 証されているようです。

一方
私も お墓の存在意義を 否定するところも 有ります
お墓は 残された人々に
なにか 束縛を 与えているような 気がしたり
余計な 心配事を 残していくからです。
金銭的 精神的 また 維持の 負担をも 残された家族にかけますよね
そうであるなら あえて 無いほうが いいような気も します。

お墓を あえて 求める人たちは
残された人たちが
お墓の前で 天に召された その人を 忍ぶことができる場という
また モニュメントとしての 価値を そこに 求めているのかもですね。
変な 表現ですが そう思いました。
 

お墓の事

 投稿者:にゃんこ  投稿日:2012年 2月13日(月)10時23分57秒
返信・引用
  私の現時点での考えではお墓はいらないかな?と思っています。
お墓があっても誰も来てくれなかったり、心がなかったら淋しいからです。
 

お墓の事

 投稿者:ポチ  投稿日:2012年 2月 9日(木)10時20分5秒
返信・引用
  洋ちゃんこんにちは。
主は、弟子に対してその父親の死体を、「死にたる者は、死にたる者に葬らせよ。」
と言っておられます。この事は死体などほったらかして我に従えという意味です。
我々クリスチャンは霊魂ひとつで天国に行き天の体をもらうのですから、この世の
朽ち果てる肉の体に執着する価値はないのです、今の肉体はこの世で霊魂が宿る
仮の宿です、天で朽ちることのないすばらしい体をいただけるのですから、僕は
自分の死体は土葬しようが火葬しようが鳥葬しようが後の人にまかせます、墓も
いりません。この考え方変でしょうか?
 

ある番組を見て感じたこと

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 2月 4日(土)22時35分49秒
返信・引用
  先日
あるテレビ番組の特集で
お墓にはいれない方たちが 急増していると 特集が 組まれていて
ちょっと 深く 考えさせられました。。。。

孤独死 引き取りての無い死体 わけありの死体 色々 有りましたが
その処理におわれる 色々な関係団体の苦労
また
お墓に入るという死後の常識を 一変させる 遺骨の散布
そもそも
お墓に入るとは 過去からの慣習によって
ある特定の法によるものだとか。。。。。
必ずしも これに こだわらなければ
色々な 埋葬の形態が あるとのことですね。
私は 恥ずかしいことですが 肉親とは 疎遠です
ある意味 私は 天涯孤独のような状態です
だから
実質上
私の妻の 一粒の麦が 唯一の肉親だと 思っています
なので
私が 天に召された時は
その遺骨を 願わくば 妻のもとに おいてほしいですし
一緒に いたいです
妻も そのように 願っていますし
現実に
私共は お墓を 購入するだけの 財力は ありません
だから
妻が 後に 天に召される時 私の遺骨と混ぜて
私の母教会の 納骨堂にいれてもらうように
私たちの思いを 聴いて下さる方に それを託したいと 思ったりしています
信仰的には
私共は 塵のはしくれですから
聖書に
*塵は塵に帰る*と ありますよね
また
この世において 信仰的には
遺骨は 抜け殻でもあり ただたんに物質で ありますが
肉的な思いも ありますから
なかなか 難しいとこです
お墓に お金をかけるほど むなしいことは ありませんが
一方
経済的に 恵まれているクリスチャンりの方たちは
あえて お墓を 持つことで
信仰の証としての 十字架を この世に あらわすことにも なりますから
一概に
お墓は 無駄とも言えないのが 現実かもですね。

それにしても
孤独死 路上生活者の方たちの死 わけありの死 などによる
その後の 遺骨の 取り扱いを思うとき
なんか寂しい気持ちに なりますよね。

それから
仮に 運よく お墓に入ったとて
それを ずっと 見守ってくださる人が いない人も なんか虚しく 思いましたし
お墓も 変な話 永遠ではないんだよね。。。。
それで
なんか 聖書の いろいろな聖句を そこに 感じ取りました。。。。
ふと
考えすぎた 私でありました。

 

こんにちわ (*^_^*)

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 2月 2日(木)12時07分27秒
返信・引用
  ゆきこさん こんにちわ
ゆきこさんの 書き込みから 色々 学べることがありました。。。。。
私は
キリスト教信仰に立っていますが
あらゆる面で 他の信仰の お話しを聞くのが とても 好きです
信仰の真理の点 以外なら
仏教 その他から なるほどと 思うことが 多々あります
また
他の信仰を 学ぶことによって
共通点 共感などを 得ることが できたり
私たちの聖書の中にある神様の御言葉に 合い通じるものもあったりして
感動することも出来ます 再発見もあります
更には
他の信仰を あえて 知ることによって
自分の信仰しているキリスト教を よく理解できることも あったりするのですよ

私たちの 信仰においては
あらゆる外的な 試練を受ける時こそ
その人は
その時にこそ 強くなるという 御言葉が あります。
それから
祈りに関して
言葉に出来なくとも 発することが出来なくとも
神様は
その人の うめきさえ 聞かれると いわれますし
それより
神様は 語る前から その人の 語りたいことを ご存知だとあります
そして
語れないときでも
神様は 聖霊様を通して
私たちに 語るべきことを 用意してくださるとあるのですね
これは
極度の緊張の中で 語るべきことが 飛んでしまった時 空白になった時
この御言葉は 励ましとなります
聖書の中の登場人物で
ひどく 語るのが 下手な人物が 何人も登場します
聖書の中の 預言者にも イエス様の弟子にも いますよ。。。。
しかし
神様は そうであっても その人たちを励まし
あえて 語るものとして 用いてくださる場面があり
そのことは
私のような 言語障害のあるものに 勇気を いただけます
それから
人には
尊厳があります プライドがあります
それを 著しく 阻害された時に
人は 萎縮してしまいます
退いてしまいます
尊厳と プライドは
人間が人間として生きるとき とても 大切なファクターであり
これは 過度に過ぎなければ 人間形成に 貢献してくれますが
おうおうにして
このプライドなるものが 人を 追い詰めたりも 致します
私は
ある人から こんなアドバイスを 受けました
あなたの思っているほど
人は あなたの言語障害を 差別してないよって 気にしてないよって
あなたが 過敏になっているのは
その プライドが邪魔しているのかもね。。。。。
はじめ
何と言うことを 言う人かと 腹立たしく 思いましたが
よくよく考えると
当たらずしも遠からず的でありました
それで
そのことを 思いつつ
あえて 人前で 話すことに 挑戦するように しています。
だけども
たびたび そうはいっても
やっぱり やってしまったと 言うこともありますが
人から どんなに思われても いいや
私には
大切な友 イエス様がいつも 傍にいてくれるからと
そのように 思っています。
恥ずかしいことを 恐れないように 今 私はしています。
まだまだでは 有りますが
ある意味 けなげな 自分も 好きですよ。(*^_^*)ははははは
 
 

そうですね。

 投稿者:ゆきこ  投稿日:2012年 1月26日(木)19時38分54秒
返信・引用
  ヨハネの、洋チャンさま。
{神様のご計画の中に}づっと、意味を考えていました。
仏法のほうでは、{宿命}戸、教わりましたが、地獄界から、仏界までが、
人間の心や、生命の中にあり、
信ずる心の強さによって、耐える力が湧き、
また、前に向かって進む力、人に正直に話す力が、出てきて、苦しくても、事件を起こさず、生きていけるというところでは、
同じかなと、思います。ごめんなさいね。
此れは、わたしの考えです。
それと、祈りの部屋の中で、洋チャンさんが、、おっしゃっていた
対人恐怖症や、パニック症・・・
わたしも、そうなんです。
でも、人に話し手置いて、苦しくなったときは、中座して、深呼吸したり、
トイレに、言ったり、また、お葬式など、大勢の人の中で、緊張を強いられるときは、安定剤を、服用しておくなどで、
何とか、乗り切れるようになりました。
工夫することと、ありのままの自分を、人に話すことですね。
とりとめがありませんが、ごめんなさいね。
 

神様の御計画の中に

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 1月17日(火)22時59分3秒
返信・引用 編集済
  ふと思いますが
それぞれに 負わされている 試練は
なにか 意味があってのことと 私は 思っています
私達 キリスト教信仰に 有る者は
これを
神様の 御計画と 取っています
全てのことに 意味があるからですし
そして
全ての事は 神様が 働いてくださって 益として下さるのですからね
何で このような目にあうのと思うときも
今わからないことも 後になれば わかってきます。
このことのために
神様は 私たちに このような 試練を与えてくださっていたのだとね。。。。
私達 夫婦の場合 この信仰によって 強くされ 生かされていることを
確信できています。
それがなかったら ほんとに 現実の重さに 押しつぶされていたと思います。
神様は どんな不遇の時にあっても 見放すことはされませんし
耐え忍ぶ 勇気と力を 与えてくださっています
この世において 試練を受けることは
後に 神様からの祝福を 何倍も 受け取ることと なるのですからね
なんか
信仰の本筋を ついつい 話すことにも なりましたが
私は
そのように 思っているのですよ。

 

想像するだけで。

 投稿者:ゆきこ  投稿日:2012年 1月15日(日)14時27分1秒
返信・引用
  ヨハネの、洋チャンさま。奥様。
奥様の弟さんの、ダブル障害を持ち、本人は、一番苦しいのは、もちろん、
お世話をされるお母様の、
苦しさ、疲れ、ご近所への、気兼ね・・・・
本当に、大変だ、私など、まだいいと、思いました。
全盲でも、耳は聞こえているので、どんなに、辛いだろうと、思います。
新垣勉先生は、全盲でも、すばらしい歌声を、もち、
社会に出られているので、また、その、歌声に、
たくさんの人が、心打たれるので、苦しさを使命に変えて、生きていられると、尊敬しています。
わたしの娘の作業所の仲間たちでも、双子の兄弟で、弟は、重度の自閉症で、言葉が出ないので、すごい、大パニックがあり、癲癇の発作もあるので、120キロの、巨体を横にするのは、大変です。
そして、おねしょが毎晩、すごいので、75歳のおとうさんが、
おねしょマット10枚を洗濯したり、
兄のほうは、知的障害はなくても、躁鬱病がひどく、
燥がひどく、出ているときは、一晩のうち、何回もコンビニに、買い物に言ったり、はだしで、家出をしたり、130キロに、なってしまい、
お父さんに暴力をふるうので、
本当に、地獄のようです。それから、↑のこが知的障害をもっているので、↓のこを9年間を明けて、産んだら、やはり、知的障害だったり、姉妹のうち、↑のお姉さんが、全身麻痺で、妹が知的障害だったり、
すごく、それぞれ、大変です。
それでも、月曜日に、親たちが、自主製品を作り、バザーで、販売し、収益を、我が子たちの、給料にする為に、一生懸命に働きながら、
愚痴や、辛い気持ちを話すことで、
皆、元気をもらっています。
一人デ、抱え込んだら、ぜったいに、いけませんね。
わたしも、二月で67歳。お父さんは、74歳。
息子は、花の?{笑い」独身で40歳。
皆で助け合って、一日でも、生きていてやりたいと、思っています。
どうか、これからも、よろしく、お願いいたします。
 

こちらこそ 感謝です。

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 1月13日(金)15時34分33秒
返信・引用 編集済
  ゆきこさん こんにちわ。。。。
いえいえ
いつもレスが遅くなり 申し訳なさでいっぱいです。
ゆき子さんの状況は そのような状態を 体験した人でuければ
決して わかってあげられないと思います。
でも
それでも あなたが言うように 聞いてもらうということも
一つの なにかしら 解決の一つと 思います
聴いてもらっても 何が変わるということではありませんが
閉塞状況を 他の人に話すことによって
ストレスも ある程度 発散しますし
色々な 世界を見ることで 知ることで
他の人も 同じように 共に 戦っていることを知れば
変な話
少し 心が安らぎますよね。
それから
私も
障害のある義理の弟達を 恥ずかしく 思ったことはありません
ただ
妻の一番下の弟は
健常者でもあり この兄達のことを 恥ずかしいのか
あまり コミュニケーションを とろうとしませんが
彼も 彼なりに
成長過程で 何かしら 友達から 冷やかされたのかもしれないと思うと
無下に 批判も 出来ないと思っています。
それぞれに
色々な 嫌な思いを 体験したのだと思います。
家族に 障害者が居るところでは
また
兄弟に障害者が居るところでは
障害のないほうの 兄弟の一人は
これもまた
色々な心的なストレスもあるのだと 思いますから
なかなか
その接し方も デリケートと成りますよね。
それを みまもる親側も
また 大変な状況が 生まれますよね

ゆき子さんの 書き込みは
ある意味
妻の家族の 問題でも有ります
人事ではなくて
まじに 食い入るように 拝見しました。
だから
他の人のケースは
ある意味 とても 参考になりますし
私の妻の家族の 関わり方が 参考になったりも することもあったりするのかなと
思ったりもしていますが
これらは
各 家族の 環境 精神状態によって 一くくりにも できないので
やはり
その現状に 合わせたかかわりが いいのかなと 思ったりもします。
こと
これらは デリケートな部分が ありますので
抽象的に 書いていますが
お互いに
介護などに のめりこみすぎないで ある程度 距離感も 維持しつつ
先ずは
介護する人が 疲弊しないように しながら 考えて いきたいですね。







追伸

私の義理の弟は ダブル障害があるので
ストレスが溜まると
やはり 奇異な 叫びを やはり致しますし 暴れることもあります
そして
家の前が 貸家であるため
借りられた人が 驚いて引越ししていくケースも あるようで
妻の母親である 義理の母は
近所に 申し訳なく思っているのか
あまり家から 出ませんし
家の中のカーテンなどをすぐ閉じたりしていますが
本当のことを言えば
これら義理の母の行動も
ある面 障害のある人には
環境として 良くないのだと 思っていますから
妻と私が 妻の実家に行きますと
あえて 窓を開いたりカーテンをあけて
新鮮な空気が入るように してあげています。。。。
でも
やはり
義理の母は それでも 近所の人の目をはばかってか
すぐに 閉じてしまいます。。。。
妻と私は
他の地域に 住んでいるので
義理の母の 本当の苦労を 理解できていないのかも しれませんが
それでも
極力
障害者の居る家族だからこそ
開放的にしようと 私達夫婦で できる限りの 改善を試みていますし
家の中を 義理の弟は
暴れて 壊したり 汚く するので
掃除の 手伝いにいっています。
 

ありがとうございます。

 投稿者:ゆきこ  投稿日:2012年 1月 9日(月)19時33分38秒
返信・引用
  ヨハネの、洋ちゃんさん。
新年のご挨拶が遅れてしまいました。新年、あけまして、おめでとうございます。
お忙しい中、レスをありがとうございました。
自分の苦しいことばかりを書いてしまいましたが・・書いたことで、
気持ちがすっきりしたことは、本当です。
そして、娘にたいする苦しいほどの、愛情と、責任感を、一歩ひいて、
淡々と、あっさりと、心に入れられるようになって、楽になりました。
娘が、2歳で重度の自閉症と、知的障害と、判定をうけてから、
今年の7月で36歳になる34年間。
あまりに、近所のおうちに迷惑をかけるので、引越しをしたり、
大変な苦労は、してきましたけれど、娘から、もらった何よりの宝は、
たくさんの友人と、人に感謝すること、ありのままに、正直に、娘のことを話せること
、わたしを助けてくれる夫や、長男に、障害者がいることは、決して、恥ずかしいことではないことを、
わかってもらえたことです。
わたしも、友達と、カラオケに言ったり、動物の好きな友と、
動物園にいったり、
気分転換をたくさんしているので、大丈夫です。
奥様の弟さんが、全盲で知的障害というダブル障害をもっていらっしゃるとのこと。
わたしには、想像もつかないほどの、ご苦労を
重ねていらっしゃると思い、感動しています。
どうか、よろしく、おつたえくださいませ。
大好きな、新垣勉先生の、CDのなかの、{いつくしみ深き}を聞きながら、書きました。
 

ゆきこさんへ

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2012年 1月 8日(日)20時03分42秒
返信・引用
  ゆきこさん
まず
☆新年明けまして おめでとうございます☆
そして
おひさしぶりです。。。。。

年末から 年始の間 色々な事に振り回されて
レスポンスが 遅くなりましたことを
お詫び いたしますね、、、、、、<(_ _)>

書き込みを拝見して
組織とは いったいなんだろうと ふと 思いましたが
教会も一つの組織でも有るし
会社なども組織ですよね。。。。
まっ それは どちらでも いいとしても
私は思いました
どんな組織との関係も
距離感が必要と 思いましたし
良かれと思い のめりこむと
負荷が あらゆる面で かかってきますよね
だから 適当な 境界線と 距離感は どんな時も ひつようですよね。。。。
それからね
私の妻の 弟も
ダブルの障害を持っているので
ゆき子さんの 書き込みは、人事では ありませんでしたし
教えられることも 有りました。
妻の弟を 妻のお母さんが 面倒見ていますが
全盲と知能生涯があり
筆舌には語れない 苦労をされて
身も心も クタクタの状態であられます
それゆえに
妻のお母さんは
あえて 介護に べったりをされないようにして 有られます
これも この環境を 乗り切るための
お母さんなりの 手立てなのかもしれません
また
お母さんは
琉球の踊りのサークルなどに入っておられ
気分転換も あえてされておられます
私達夫婦も
月に数度 その妻の実家の掃除に いっています
やはり
家族に 障害者が居ますと
そこに関わる人だけに 任せていますと
その人は ストレスで おしつぶされてしまいますから
家族や 身内の 支えも 必要ですよね。
そして
介護や お世話ばかりに 頑張ってしまうと だめになるので
ゆき子さんも
時には
それ以外のことを したりして
あえて
気分を転換しないといけませんよね。
でも
その大変さと 心の葛藤を
この書き込みから 充分すぎるくらい
感じ取りました。
 

聞いてください。

 投稿者:ゆきこ  投稿日:2011年12月27日(火)08時48分39秒
返信・引用
  ヨハネの、洋チャンさま。
みなさま、おひさしぶりです。
去年、かきこみをしましたゆきこです。
私自身、親のときから、信仰は、続けてきて、娘の障害がわかったときは、
必死で生きながら、組織につき、また、いえで朝夕、
お題目をあげてきました。
皆さんには、想像がつくと、おもいますが・・・
ただ現在は、組織の中で、あまりに、心をきづつけられたことも、あり、
また、選挙活動の強制もあり、
今は、きちんと、事情は、話、退会はしないが、組織につかないこと、選挙活動もしないことを、了解を得て、とても、楽です。
ただ、今でも、感謝している面もあるので、外でお会いしたときは、
挨拶と、話はしていますが、いえで、お題目をあげて、新聞を読むだけにして、強制的に縛られないのが、こんなに、楽とは、思いませんでした。。
娘のことでも、グループホームは言って、来年で6年目。35歳の娘は、
親元に帰ってくるのは、金曜日のゆうがたということで、親以外の方や、お友達と暮らし、我慢をしなければならないことや、自分のことは、自分でやるということが、身についたあまり、
帰ってきてから、わたしへの、甘えと、攻撃「しっっ濃い言葉や、泣き喚き」などで、ものすごく、疲れてしまい、あるときなど、心臓の痛みかと、思えるほど、急激な、食道から、みぞおちへの、痛みで、日曜日の緊急で病院に行ったくらいです。
ストレスからくる逆流性食道炎とのこと。
今は、薬でおちついています。
それで、つい、この、娘がいなかったらとか、ああ、また、休みになるとか、思うと、いがいたくなることが、あるのですが、ふと、
考えたんです。
娘がいてあたりまえと、おもえばいいんじゃないかと・・
帰ってきて、家にいると、娘に神経を使いすぎるから、いけないんだと・・そうしたら、娘がかえってくる前日になると、必ず、起こす激しい下痢も治りました。
そして、帰ってきて、大声を出されても、平気になりました。
苦しみのなかから、自分で解決の道をみつけることなんですね。
とりとめの、ないことをかいてしまいました。
ありがとうございます。
 

日常の喜怒哀楽を 書き込んでみませんか

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2011年12月 1日(木)22時34分56秒
返信・引用
  皆様の
心の中の葛藤や 日常の喜怒哀楽を 自由に 遠慮なく 書き込んでください。

 

教会内の人間関係

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2011年10月17日(月)11時41分51秒
返信・引用
  「教会内外での人間関係」

ローマの信徒への手紙14章1節~18節



1)違いを認め合うこと14:1-6
14:3 食べる人は、食べない人を軽蔑してはならないし、また、食べない
人は、食べる人を裁いてはなりません。神はこのような人をも受け入れ
られたからです。
***
パウロは、教会の中に物事の重要性について異なる意見を持つ人の存在
を認めるように勧めています。ここでいう違いは、救い主はキリストだ
と信じなくてもよいとか、十字架を信じなくてもよいという意味ではあ
りません。生活における食生活、文化的理解の違いです。
ユダヤ教的社会では画一的な規則や行動規範があり、いわば同じハッピ
を着てないと居心地がわるように感じる面がありました。しかし、パウ
ロはそういうことに異論を唱えているのです。というのも、異邦人と呼
ばれているユダヤ的な背景を全く持たない人たちが教会の中に、しかも、
クリスチャンとして、つまり「主にある兄弟」として参加するようにな
ったからです。
神様は教会に、絶対的な統一性を無理やり求めてはいません。当時は「割
礼」という儀式は強要すべきではないのかという議論がありました。し
かし教会はそれに対してノーという結論を出しました。
制服着用の義務付けを廃止したのです。「ユニフォーミティー」ではな
く、「ユニティ」こそ大事なのです。統制による一致ではなく、違いを
認めつつ和解による協調と一致を求めているのです。「仲良くやりなさ
い。」と勧めるのです。
なぜかといえば、神が様々な文化的背景の違いを持つ人達を受け入れて
おられるからです。
それぞれの文化の中に、神様によって許された「表現や規範の枠」があ
るのです。

2) あなたも私も「主のしもべ」14:2-9
14:3 食べる人は、食べない人を軽蔑してはならないし、また、食べない
人は、食べる人を裁いてはなりません。神はこのような人をも受け入れ
られたからです。
14:4 他人の召し使いを裁くとは、いったいあなたは何者ですか。召し使
いが立つのも倒れるのも、その主人によるのです。しかし、召し使いは
立ちます。主は、その人を立たせることがおできになるからです

「野菜しか食べないあの人」は市場の肉は異教の神殿に捧げられたもの
だと知っているからこそ、肉を食さなかったのです。自分の良心に誠実
に生きようとしているわけです。だから互いに裁き合ってはいけないと
パウロは勧めています。神様がそういう人達を受け入れてくださってい
るからです。
そればかりでなく、神様は、違いのあるそれぞれを大いに用いることも
できるのです。
神様に受け入れられているこの人、神様が立たせることができるという
この人と意見を交し、協力しながら生きていける心こそ、キリストがク
リスチャンの中に与えてくださった「聖霊による一致の心」です。
互いに我慢に我慢を重ねて譲歩するという意識ではなく、互いを高めあ
い、もっと主を喜び合おうという思いの中で存在を認め合うわけです。
私はこれをやっているから、あの人より立派だとか、あの人よりも劣っ
ているとか、そういう考えは教会の中では必要ないものです。あの人は
あの人で主に従っており、私は私で従っていれば良いだけのことです。
私たちは皆同じ弱さを持った人間です。
例えば、牧師も普通の人間です。特別なものは何も持っていません。尊
敬してもらえるなら嬉しいことですが、牧師を霊的な巨人のように特別
視することは危険であり、間違っていると思います。そんなことをした
ら、牧師を高慢にさせるだけのことです。

3)キリストが死なれたほどの存在 14:15
14:15 あなたの食べ物について兄弟が心を痛めるならば、あなたはもは
や愛に従って歩んでいません。食べ物のことで兄弟を滅ぼしてはなりま
せん。キリストはその兄弟のために死んでくださったのです。
14:16 ですから、あなたがたにとって善いことがそしりの種にならない
ようにしなさい。
お互いが平和のうちに成長することができるために、パウロは「お互い
の前につまずきとなるものを置かないように」また「良かれと思ってや
ったことがそしられないように」と勧めています。「無理強い」や「押
し付けがましさ」は要注意です。それは愛を伝える場合の妨げになるか
らです。そういう配慮を心がける必要があるのです。
なぜかといえば、そこにいる人は「キリストが身代わりに死なれたほど
の存在」だからです。

まずは教会の中で出会った人たちに対して「この人は、私の愛する救い
主、イエスキリストに愛されており、キリストが身代わりに死なれたほ
どの人なのだ」という視点で相手を見、相手の祝福を祈ることができる
ように、そして、外部の人達に対しても、そういう見方と、そういう祈
りができる人になりたいものです。
その時はじめて「愛ある存在」となれるのだと思うからです。



祝福がありますように。



      関根一夫










 

感謝

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2011年 8月12日(金)00時03分53秒
返信・引用
  バウロンさん こんばんわ。。。
深みのある 深遠な お祈りに 感謝です。
そうですね
教会に行っても
時として本心を 語れないときも ありますね
主に栄光を 現して 証していくというのは 良く理解できますが
それどまりで
なかなか ラフな 交流が それゆえに 持てないときもあります。
形だけの交わりではなくて
神の国の兄弟姉妹として
教会だから 何でも 語れるという 気風がほしいと 思うときもあります
全ての教会が 悪いとは言いませんが
なにか
教会の中に 踏み越えられない 見えない壁を 強く 感じるときもあります。
それらが 打破できないと
日本のキリスト教の教勢は1パーセントを決して
超えられないような気が致しますよ。
 

こんばんわ洋チャンさん

 投稿者:パウロン  投稿日:2011年 8月 9日(火)00時03分19秒
返信・引用
  > No.1352[元記事へ]

 早速の返信に心から感謝いたします。
本当に久しぶりにクリスチャンとの会話です。!!!!!
現在お世話になっています教会は、どちらかといえば大人と言うか・・まぁ・・「おとなしい」教会でして、中々互いの信仰の事を分かち合う機会がありません。
これも日本の多くの教会の特色かもせれませんネ・・
ですからこの様な形で、洋チャンさんと信仰の話が持てたことを非常に嬉しく思います。m(_ _)m

 そうですか~洋チャンさんはヨハネの福音書が好きなのですね・・
イエス様の「神性」を証し、イエス様の「花嫁」としての霊性を持つ、使徒ヨハネを通して書かれた福音書・・私もとても大好きです。
 私は「パウロ」が好きです。それで厚かましく名前を「パウロン」にさせていただきました。
好きな聖書箇所は、ローマ章が大好きです。
ローマ7章でのパウロは、「罪」に嘆き「罪」に勝てない弱い自分を告白しています。
しかし、ローマ8章のパウロは、堂々と力強く復活のイエス様を思い起こさせるほどです。ここに力強い「信仰の宝箱のカギ」があるように思います。
「キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです」
 ローマ 8-2
 私が世界で一番欲しいもの!!大きな家でも車でも美人の奥さんでもありません。(笑い)
それは、「宝箱のカギ」です。この宝箱の中には、「いのちの御霊の原理」が入っています。
入手方法は只1っ「イエス様につながり続けること!」なのです。
 だから私は、聖書を読み御言葉を求めます。
 だから私は、神様と交わりたいので毎日祈ります。
 だから私は、本当の神である、天の父なる神様にイエス様に礼拝をささげます。
そして、信仰のカギを両手で握りしめるために、今ある自分の手のひらの中にある「要らないもの」を思い切って手放してみようと思います。
 私は、イエス様を裏切り罪を犯して、再度イエス様を十字架に着けた愚か者です。私とユダの違いは、自分で命を絶たなかったことだけです。
しかし、こんな私でさえ主なるイエス様は、またもや赦してくださいました。
私には語るべき言葉さえありません。
決して「過去」は帳消しにはできません。
しかし、主なるイエス様は、私にやり直す「未来」を与えてくださいます。だから私は、今・・今日を生きて・・いや・・生かされています。
 私は、また歩き始めました。たった一人新潟で、新しい教会、新しい仕事、新しい人間関係、そして新しい自分で・・
自分の犯した「罪」は決して忘れられません。罪を引きずるのではなく、尊いイエス様の血潮で赦されたこの「罪の記憶」は、私の苦菜だからです。

 洋チャンさんと麦さんのことをいつも祈っております。

洋チャンさんと麦さんの健康が守られますように・・
洋チャンさんと麦さんのお仕事が祝福され、経済的にも満たされますように・・
麦さんのお父さんのご病気が癒され、一日も早く回復されますように・・
このホームページを通して一人でも多くの方にイエス様の福音は届きましように・・
沖縄の地に、洋チャンさんが求める伝道の拠点が一日でも早く与えられますように・・

 恵み深い愛する天の父なる神様、心からあなた様の御名を褒め称えます。
天と地の全てを創造され、今も生きて働かれるあなた様を心から賛美いたします。
私たち一人一人を確実に覚えられ、この祈りに今もその御耳を傾けてくださいますあなた様の深い愛に感謝いたします。
 あなた様のなさることの全ては、時にかなって美しく、私たち一人一人の心に永遠への思いを与えてくださいました。
今、あなた様の御心に従い、あなた様の福音を沖縄の地で多くの人々に伝えようと励んでいる仔羊を覚えてください。
今、あなた様から頂いた尊い「愛」を多くの人々に伝えようと励んでいる、あなたの仔羊を覚えてください。
 あなた様は、今この仔羊が必要としている、青草と泉の水を知っておられます。この仔羊は、あなた様の呼び声と、あなた様が打ち鳴らす杖の音をしたい求め、あなた様の御姿について行こうと懸命に歩んでおります。
この仔羊に沢山の青草と泉の水を与えてください。
この仔羊の歩く足を強めてください。
そしてこの仔羊を通し、あなた様」の霊の家族を星の数ほど、海辺の砂の様に増し加えてください。
すべての事柄は、あなた様の栄光のために、あなた様の御名を証するために用いられますように。
 この祈りを尊いイエス様のお名前でお祈りいたします。   アーメン
 
 

こちらこそ 宜しく (*^_^*)

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2011年 8月 8日(月)20時56分20秒
返信・引用
  はじめまして バウロンさん
一粒の麦の夫の ヨハネの洋チャンと申します。
私は
ヨハネの聖書箇所が 特に好きで そこを 読んでいるうちに
イエス様についていこうと おもうようになったので
あつかましくも
ヨハネの洋チャンと 名乗っているのですよ。
人には 好きな聖書箇所があるもので
本来は
均一に読むことが いいのでしょうが
とらえられる箇所 読みやすい箇所というものが ありますよね
なにか 主の御導きを感じます。
ところで
私も 信仰の歩み中で
幾多の 試みを受け
信仰からはなれそうな時もありましたよ。
信仰があるがゆえに
当時
余りにも たくさんのことを求めすぎていたのかなとか
聖書的でないものに 怒りを 覚えたのかもしれません
そういう意味では
イエス様から 怒りやすい雷の子と あだなされた ヨハネと 良く似ていますよ。
そして 今
人の弱さを 知るようになって
完全な人など イエス様のほかに いないとわかると
なにか 気が楽になりました。
人は弱い者 そうでいながら 人は人を恐ろしく傷つかせることも致します
そうであるから
信仰の歩みの中で
時に躓くこと 教会から離れてみることも 否定できませんし
それゆえに
はなれてみて 気がつくことも 多々ありますからね
私は 教会から 離れたり 教会を変えることを 否定しない側に立っています。
人には 何と言おうとも 相性というのがあって
これは現場でしか 感じ取れない者なのです。
場違いのところにいて
信仰の迷いにおちいるなら そこから離脱することも いいのです。
これは私の持論です。
一つの教会に 長くいることが
さも それが 立派な信仰者のようなことを 雄弁に 言われる方もいますが
そのかたたちは
たまたま そこにあっていたのであり
そこに 合わない人もいるのです
それらを 肝要に
受け止めてあげることも
認めることも 必要だと 思いますよ。
また
人は創主の愛の中に 生きていかなければ 滅びの道に至ります
私たちは
潜在的に本来 神を求めるようにセットされてあるのに
私たちの 知恵が 意識が あらゆることにおいて
自分で判断できるという錯覚に陥り
結果
羅針盤を 失うのです。
神様の方を向く時
私たちの悩みは あえていうなら 全て解決されるのです。
また
いますぐ 結果が出なくとも
神様は 来るべき時に 来るべきよきときに
最善を用意してくださいます。
わたしは そのように おもっています。
信仰から一時 離れられたこともあるとのことですが
それも
あなたにとって マイナスではなく そのことゆえに
信仰が 強められたと信じていますよ。
そして
教会に もし 仮に 行くことができなくとも
私たちは 私たちの中にイエス様が
いてくださいます。
私たちの身体は *聖霊の宮*なんです。
主は どんな時にも 共にいてくださいます。
そして
私も 妻も あなたのことを 祈っています。



そうそう
私の夢は まだ遠くにありそうです
経済の困難の中で 今 訓練を 受けています。
世的に言えば 貧しい者ですが
聖書の中の あらゆる御言葉に支えられて
なにか 一つでも実現しようと おもっています。
希望は失望に終わらない
やることなすこと皆栄える
必要は満たされる
などなど 心の中に おもっていますよ。。。。。。

それから
私の妻は バウロンさんとの交流を とても 喜んでいましたよ。
これからも よろしくね。。。。(*^。^*)ははははは


 
 

はじめまして洋チャンさん

 投稿者:パウロン  投稿日:2011年 8月 6日(土)21時13分44秒
返信・引用
   はじめまして洋チャンさん m(_ _)m
私は、新潟県在住のクリスチャンです。洋チャンさんのホームページは、一粒の麦さんのネットキッチンを通して知りました。
ネットキッチンに二度ほど書き込みをさせていただいたところ、洋チャンさんのホームページを紹介いただきました。
 新潟に越してきてまだ日が浅く、所属する教会もやっと決まったところです。私は、自他共に認める大転倒・躓きクリスチャンです。
一度は信仰を捨ててイエス様を裏切った愚か者ですが、日々心の苦しさから耐えられずもう一度イエス様の愛にすがりました。
本当に痛感します。「イエス様がおられるところが御国なのです。」
人間は、神様が自らの手で土をこねて、神様に似た姿に造られ、神様の霊を吹き込まれて生きるものとなったのです。
ですから、どんなに拒んでも、どんなに否定しても、心のどこかで人間は神様を求める様に造られているのです。
だから私たちは、神様から離れてはいけないのです。
本当の「平安」や「愛」や「喜び」や「幸せ」は神様だけが与えられるのです。
そして何より神様は、私たちの犯した「罪」のすべてを赦してくださいます。
神様が見られているのは、「過去」ではなく「現在」なのです。
 私は、イエス様から離れていたとき、余りの孤独と罪悪感でまるで「のた打ち回る」ような毎日を過ごしておりました。
心が苦しくて仕方なく、ためらいながら聖書を手に取りました。
ふと目に留まったところが「創世記16-8」でした。
「あなたはどこから来て、どこへ行くのか」私は泣きながら「もう一度戻りたい」とイエス様に哀願しました。
 いま私は、イエス様と共にいます。感謝の言葉が見つかりません。
こんな私ですが是非とも宜しくお願いいたします。
突然の書き込みをお許しください。また私は、ホームページへの書き込み等は、初心者で多々失礼があると思いますが、是非とも主にあってご容赦ください。

 最後になりますが、神様から与えられた洋チャンさんのビジョンが実りますように祈っております。一粒の麦さんにも宜しくお伝えください。
PS:料理の相談でしたら何時でも受けたまわります。(笑い)

 

ここにも 来てくださいね。

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2011年 7月17日(日)19時44分46秒
返信・引用
  私の妻の 一粒の麦の 掲示板もあります
気が向いたら ここにも 気楽に 立ち寄ってくださいね。(*^_^*)
http://8808.teacup.com/mugi/bbs
 

るなさんへ (*^_^*)

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2011年 7月16日(土)21時58分57秒
返信・引用 編集済
  るなさん お久しぶりです。
私のレスを 読んでいただいて しっかりした お返事を頂いて
感動しております。
るなさんが 現在 教会から離れているわけ とてもよく 理解できました。
だから
あえていいます 教会にとどまることが あなたの 心に重たくのしかかってくる時は
現在の ままでいいと思います。
何事にも 主の時と言うものが ありますからね。。。。。
また もし 復帰したくなった時は
そのとき 聖霊様が あなたを導かれると思いますよ。確信です。

無理に自分を偽って 教会にとどまり より深く 傷ついたり
そこが なにかしら 重荷と感じるときは しばらくはなれるのも いいこととおもいますよ。
私なら そのようにいたします。。。。
自分を偽って 疲弊して 信仰までも失うくらいなら
しばらくのとき 自宅で 神様との関係を維持するのもいいことです。
とかく
クリスチャンは 教会から離れている人に 無神経に 圧迫をかけてきますが
その人のことを 心を 本気で心配するなら 愛を持って 見守っていくべきなのです。

それから
ふるさと 壱岐も好きですが 移住先の 沖縄も どんどん好きになっていますよ。
いつか 遊びに来てくださいね。(*^_^*)ははははは

それから
はい 一粒の麦は 私の妻で

甲斐性の無い  いつも貧乏な私に
良く 妻は ついてきてくれています
妻には ほんとに 感謝しているのですよ。
沖縄に 伝道の拠点を 持ちたいという夢を持っている私を
何かと 支えてくれています。感謝


るなさん
妻の 一粒の麦の 掲示板もあるので 気が向いたら そこにも 立ち寄っていただけたら
嬉しいです。(*^_^*)
http://8808.teacup.com/mugi/bbs
 

まちがえました

 投稿者:るな  投稿日:2011年 6月26日(日)21時12分48秒
返信・引用
  名前をローマ字でうって書き込みしてしまいましたが、「るな」と「runa」は同一人物です(笑)
そして、題名も無題のままになってしまっていますね。ごめんなさいm(_ _)m(笑)
 

(無題)

 投稿者:runa  投稿日:2011年 6月26日(日)21時10分54秒
返信・引用
  ヨハネの洋チャンさん

こんばんは。お返事ありがとうございます。
洋チャンさんの書き込みをみて、涙が流れました。

私が教会から離れているのは、2つの理由があります。
1つは、毎週の礼拝で傷ついていて、教会へ行くことが怖くて、つらくなってしまったからです。
傷つけた人は、悪気はありません。私が傷つきやすいだけなのです。教会の方々は悪くなくて、私が悪いのだから、私が教会へ行くのをやめればいいのだ、と思いました。
2つめの理由は、試練に負けてしまったからです。
小さなころから、家庭でつらい目にあってきたので、社会に出たら家を出ることを決めていました。無事に就職して、家を出られたのはいいのですが、今度は職場でつらい目にあいました。そういう時はどうすればいいのか、信仰を試されていたのだと思います。でも私はそこで、神様を求めるのではなく、教会から逃げることを選んでしまいました。本当はそういう疲れた時は、教会へ行けばいいのだけれど、教会へ行ったら、神様だけでなく、牧師先生や信徒の方々の優しさにも甘えてしまい、「あれもつらかった、これもつらかった」と、自分のことを全部話してしまうと思います。私はそれが嫌でした。牧師先生や、信徒の方々にだって、つらいことはたくさんあるのに、自分だけつらい思いをしてきたように話すのは、なんだか嫌だったのです。
この2つの理由で、わたしは現在、教会から離れています。

でも、洋チャンさんの、
「信仰の道を イエス様と共に 歩んでください。」
「主は たとえ るなさんが 一人の時でも 常に共にいてくださっているのです。」という言葉を聞いて、もう一度、イエス様と共に歩んでみたいと思いました。
でもきっと、いきなりは教会へ行けないので、まずは、祈りと聖書を読むことと、讃美を大切に過ごしたいと思います。それから気が向いたら、少し別の教会へ行ってみようかな。それから・・・これからも洋チャンさんのサイトをのぞいてみてもいいですか。このサイトにくることで、イエス様の愛を忘れずにいられる気がするのです。

PS
洋チャンさんの奥様が、一粒の麦さんなのでしょうか(^^)?とてもすてきなご夫婦ですね。壱岐もいいところですが、沖縄県もすてきなところですよね。沖縄は暑いと思いますが、お体に気をつけて、お過ごしください。
 

るなさんへ

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2011年 6月23日(木)23時37分4秒
返信・引用 編集済
  はじめまして
るなさん こんばんわ。。。。。
夜 書き込みを しています ヨハネの洋チャンです(*^_^*)

そうですか。。。
3年前に洗礼を 受けておられるのですね。。。。

るなさんは
教会から 現在 離れてあるとか
私なりに 思うことは。。。。
教会という
信仰の組織の中に 信仰の共同体に 今 関わっていないことに
なにか ことさらに 後ろめたさなどが あるのかもしれませんね。
もしそうであるなら
それは 払拭してくださいね。
先ず
教会とは 建物を 言うのではありません
原始教会は
エクレシアといって *人の集まりを教会*といって おりました。
だから
たとえ教会に いけなくとも
二人 三人と集まってあられる
小さな群れに 集会に 関わることも いいと思うのです。
聖書にも あります
*二人でも 三人でも集まるところに 私はいる* と。。。。
また
たとえ 小さな群れでも
同じく 聖書には
*恐れるな 小さき群れよ* とあります。
るなさんの 出来る範囲でいいし
少し そのような群れを捜して
一緒に 聖書を 学んだら いいと思います。
昼間できないなら 夜でもいいと思いますよ。(*^_^*)

また
上記のようなこととは 別に
こんな思いを もってはいかがですか
洗礼を受けた るなさんには
主が 聖霊を 与えてくださっています。
るなさんは
たとえ一人でも *聖霊の宮*でも あるのですよ。
聖書にも 書かれています。
それから
小さな聖書を
家の中に 何箇所か 置いて
また 車の中にも置いて
生活の中で 自分の関心のあるとこからでいいので
どこか 好きな箇所 気になる箇所から 集中して 先ず 読むといいですよ。
私は
聖書の通読が苦手な頃
人から なんといわれても
新約聖書の ヨハネの箇所が 好きでしたので
そこから あえて 読み始めましたよ。
そしたら
何年かするうちに
少しずつ 他のところも つらつら いつのまにか 読んでいました。
先ずは 関心のあるところから
好きな聖句の箇所のところから
読むといいですし
祈りは 神様との直通ライン
苦しい時の神頼みなんて 言われてもいいので
神様を 賛美しつつ
神様に おねだりを するのも いいかもですよ。
クリスチャンだから
こうでないといけないと言う 型に 形に
自分をはめ込もうとすると 疲れ果ててしまいますから
ある程度の 自由度と 広い視野は 維持しててくださいね。
キリスト教といっても
はっきり言いますが
へんにカルト化した教会も牧師も存在いたします
しっかり 冷静に
偽教師や 偽りの教会に注意して
あくまで 聖書的 福音的な 教会に 群れに 集会に 関わってください
指導者も 神様ではないので
余りに信頼しすぎますと
落とし穴が あるときもありますから
信仰に熱くなる時は 聖別して かかわってくださいね。。。。
せっかく主の 救いにあずかった るなさんですから
躓かぬように 無理しないように 焦らないでいいので
信仰の道を イエス様と共に 歩んでください。
主は たとえ るなさんが 一人の時でも
*常に共にいてくださっている*のですよ。
それから
*祈りは力*です
共に祈ってもらいたい時は
祈りの部屋も このサイトにありますから
気軽に立ち寄ってください。
また
礼拝メッセージ 聖句も アップしていますから 良ければ 用いてください。
支離滅裂ですが
とりあえず
一方的に 応答いたしました。(*^_^*)


参考

るなさんは 洗礼を受けて 3年とかでしたね
ふと思ったのは
大抵のクリスチャンは
洗礼後
一年半から2年後に しばらく教会から 離れる傾向があります
それは 信徒様というより
教会自体に 指導層側に 何らかの問題が あるといいます。
洗礼を受けるとき
その方は 信仰の選び取りをするという 大きな決断をされますし
聖書の学びも 熱心にされているはずです
そして
聖書的であろうとして 高い思いを持って 主に信頼しようと されています
洗礼を受けるとき
信仰の過程で 最も 崇高に 聖霊に 満ち溢れた時を 過ごされています
そして
洗礼を受けた後
教会に やはり 高い希望も 持ってこられますが
そんな時
教会や 牧師様の 何気ない 心無い言動によって 躓くこともあります
これは 本当の話です。
だから
私共は 教会も 教会員も 牧師も 教会での言動に
気をつけなければなりませんし
教会内で 教会員は 自己の信仰だけを守り
冷たい信仰に 陥ったりせぬように 注意を促します
また
教会は 愛を実践する場です もちろん それ以外もです。
そこで 事もあろうに
愛無き行為を受けますと
しばらく 落ち込んでしまいますし
そこから 遠ざかりたくなります
挙句の果ては
教会から 色々な聖句を用いて
あなたが変わればと 言うような姿勢を 示されますと
それは もう教会離れの 決定版となります。
そんなときは
無理を なさらないで
しばらく 教会から離れることもいいことだと 思います。
その後
人は弱い者である
人は完全ではない
教会は むしろそのような なんらかの 傷のある人の集まっているところだと
わかりはじめると
また 教会への接し方も 変わると 思いますから
それまでは 個人の信仰を 守り
主に あなたご自信を ゆだねたら いいと思います。
主は 聖霊の宮であり神殿である あなたと いつも 共におられますから
そのことを思いつつ
しばらくの時を 個人の信仰の中で
または
小さな集会の中で
小さな群れの中で
また
お友達のクリスチャンと共に
過ごされたらいいと思います。
状況が わからないままに 勝手に 書きましたことを お許しくださいね。
なにか 一つでも 参考になれば 幸いです。<(_ _)>



 

アドバイスお願いします

 投稿者:るな  投稿日:2011年 6月21日(火)19時16分34秒
返信・引用
  約三年前、洗礼をうけました。今でも神様を慕い求めています。
でも、ある理由があって、一年半ぐらい、教会へ行けていません。すると、弱い信仰のわたし、神のために生きると誓ったわたしが、神のことを忘れ、時には祈りも忘れる日々を過ごしています。
聖書を読む時間は、仕事の都合上、あまりありません。
どうしたらいいでしょうか。
どうしたら、神につながっていられますでしょうか。
よろしければアドバイスをください。
ちなみに年齢は23です。
 

今日の聖書

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2011年 6月16日(木)22時26分59秒
返信・引用
  神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。


           ローマ 8:28
 

いい人 頑張る人に なりすぎないのも生きるコツかも(*^_^*)

 投稿者:ヨハネの洋チャン  投稿日:2011年 6月15日(水)10時42分43秒
返信・引用 編集済
  私は 洗礼を受けて クリスチャンの仲間入りした頃

イエス様とつながっているのだから
少しでも早く イエス様のような ジェントルな香りのする性格になろうと
躍起になっていた頃がありました
その頃の私は
今にしてみれば
何か 不自然だったようにも 思えますし
クリスチャンだから
周囲の人に いい証を 好んでしようとして
何か 疲れ果てていた自分が そこに いました。

たしかに 信仰に入って
イエス様と つながることで
また
学びの中で
沢山の御霊の実を 少し結ぶことが できるよう なりました。。。。
また聖書的に
イエス様の御性格に 少しでも習って
それを 身に着けようと 意識的に するように なりました。。。
だけども
一方で
いつも 不完全な自分も 現実に 存在してまして
あらゆる場面 場面で やはり 短気になったり
必要以上に 相手に反論したり
寛容さに 欠落したりと
やはり
私も 同じでありました
また
そのことに 深く 自戒していた自分も いました
それは それで いいのですが
人は もちろんですが 神様ではありませんから
当然
間違いも 犯しますし 短期にも なります
信仰にあるものの言葉で
*人は完全ではありません 完全なお方はイエス様おひとりです*
と よく 言われています
人は 神様から創造されたのですから 無理からぬことで
完全なら 私たちは 神様と 同じになってしまいます
だから
自己に 完全なものを あまりに 求めすぎないことも
大切な事のように思えます。
人は 弱い生き物
あえていうなら
間違いも 短気も 時に 心の狭さも あって 生きているのですからね。
むしろ
自分を問う時
きわめて 人間らしく 生きているのだと
自然体で 生きているのだと
そのように 思いながら 生活していくのも いいのだと 思いますよ
人だからこそ
ストレスもたまるのですよね
人だからこそ
時に 愛を見失うこともあったり 寛容さに乏しくなったりも するのですよね
でも
人は それらを通って
知らぬ間に 変えられていくのです
そう思います。

どんな時にも
今の自分を 大切に してほしいです。
無理をしないで 自然体で 暮らしていくことも 大切ですよね。
不完全な 自分でも
一生懸命生きている姿を それを 周囲に 見せていれば
どんな人も いつか わかってくれるし
神様は その人の表面ではなく 心の中を 見られてあります
だから
心の苦しみは すでに 神様は ご存知なのです。
神様は あなたと共に いつもおられる お方です。
良き理解者なのです。

人に言い聞かせながらも
私も そのことを 思い起こしております。(*^_^*)ははははは 
 

以上は、新着順1番目から100番目までの記事です。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  |  《前のページ |  次のページ》 
/12 


[PR]